スパルタクス書簡は、ローザルクセンブルグの手になる下級組織に配布した時局分析文書である。1号から12号まであり第1次大戦の全局面を網羅している。当時、ドイツ社会民主党は戦争に賛成する多数派と反対する独立派に分裂していた。ローザルクセンブルグは独立派に属したが、その中で多くの期間獄中にいたカール・リープクネヒトらと共同で秘密の分派、スパルタクス・ブントを結成した。この文書はこの小さな組織のためのものである。
ワイマール共和国とそれに続く第三帝国時代の混乱のため多くは散逸したが東ドイツ社会主義統一党(共産党)は文書の復旧に努力し、復刻本を発行した。以下はその1918年9月の第11号の抄訳である。
ローザルクセンブルグはここで3月に調印されたブレストリトウスク条約について論評を試みている。そして内容は厳しいレーニン批判だった。
ローザルクセンブルグはユダヤ系ポーランド人だが、マルクス主義者としては珍しく妥協を許さない国際主義者だった。党利党略でなく、「万国の労働者、団結せよ」を本当に信じていたようだ。その意味ではボルシェビキに対して最も透徹した批判を行いうる立場にあった。もちろんその事が彼女の分派の支持を狭めたことも疑いない。
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ロシアの悲劇
ボルシェビキはブレストリトウスク条約を、二つの目的のため結んだ。一つは世界革命遂行のための時間稼ぎである。別の一つはロシアの国家的崩壊を防止することである。
しかし、この目算は誤っている。なぜならばドイツ軍国主義を考慮していないことである。ドイツの軍国主義の強化はドイツ革命の機会を減少させる。また、講和自体が幻想で、ドイツ軍はフィンランド・ウクライナ・クールランド・コーカサスの全域で進軍を開始している。これらの地帯は小ブルジョワの主張する民族自決の地である。すなわち小ブルジョワの主張する革命の地である。(独立=ブルジョワ革命)
またロシアは主要な工業地域を失うことになり、その結果反革命運動が勢いを増す。そして独立した諸国とロシアの間でドイツは仲介者の役割を果たすことになりかねない。
そして強大化したドイツに対抗するため連合国と日本はロシアに派兵することになろう。(この時すでに派兵されていた。)結果としてヨーロッパロシアはシベリア・ヨーロッパ西部・南部の穀倉地帯全てを失いかねない。
ー略ー
現在ボルシェビキに恐るべきものが迫りつつある。すなわちドイツとボルシェビキの同盟である。これは世界大戦がロシア革命の周りにからませた最後の鎖である。ー略ーロシアの革命的プロレタリアートの最初の外交が連合国との共同した戦いを拒否することで、次はドイツ帝国主義に奉仕することだとは!
トロツキーは日本による占領とドイツによるのとどちらを選べ、と言われればドイツの方が、革命に成熟しているから都合が良いと言う。これは誤りである。日本の背後には英仏がいる。英仏がドイツより成熟していないとは言えないはずだ。そしてドイツの強化はドイツ革命の展望を失わせる。
ー略ー
レーニンとヒンデンブルグのグロテスクな結婚とともに、東部の精神的光源は失われた。われわれはレーニンとその友人がこうした不当な要求にたいし、「そこまででおしまいだ。」と確言することを望むのである。
ー略ー
( )内付記。本文にはない。
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この論稿は社会主義者特有の客観性の喪失が見られる。レーニンらは軍事的にドイツに対抗できないので、ブレストリトウスク条約を締結したのだ。すでに帝政ロシア軍(=徴兵軍)の骨格をボルシェビキ自身が崩壊させた以上、国内の反革命軍は別にして有力国の国民軍には対抗しえない。それはソ連ーポーランド戦争がよく示している。
ソ連ーポーランド戦争
社会主義者の革命軍が都市バリケード内の戦いに勝利することはできても、他国の全力をあげた正規軍に勝利できるものではない。都市ゲリラ戦などは正規軍が温情で、交戦員全員を殺戮しないことによって成り立っているだけである。戦時国際法は戦闘地区において降伏しない人員は全て殲滅する事を認めている。殲滅とは敵兵(人間)を全員降伏させるか殺害することを意味する。国家間の戦争とはそのようなものだ。国家間の戦争と内乱を混同してはいけない。その意味でレーニンが新たなる国民軍結成までの時間稼ぎとしてブレストリトウスク条約を締結したとするならば理由のあることである。
そしてこの条約により、レーニン政権がドイツに寝返ったと言う分析は無理がある。これによってドイツ軍が強化されたことはなく一部の部隊が西部戦線へ移動できただけである。
一般的に革命家の現状分析は敵の弱体化を願望するから、どうしても客観性に欠けてしまう。もちろんその革命家が権力を掌握すれば目前の情勢に回答を出さねばならないから現実的になるのが普通だ。
またローザルクセンブルグがアメリカの要素を考慮していないのは驚きであるが、この時代の論稿に共通する傾向である。あるいは小ブルジョワ一括りで終わりなのかもしれない。中部ヨーロッパ人なのだろう。さもあればあれ、これだけ特定国の国益に無関心でドイツ革命のみに専心するとは驚異的な人物である。
そして更に注目すべきはこの時点でローザルクセンブルグがヒンデンブルグとルーデンドルフが西部戦線における自軍の敗北を認めたことを、全く想像できなかったことである。9月の時点で攻勢発起点(ヒンデンブルグ線)までドイツ軍が撤退したことを、ドイツ軍部は新聞に公開していた。余りの軍事知識のなさから来る失態だが、1ヶ月後キール軍港で水兵が反乱を起こしたことを考慮すれば革命家としては失格だろう。
連合国の最終攻勢
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