イギリス連絡将校のフランス軍総動員の観察

スペアーズは第1次大戦の開始時偶然フランス軍参謀本部(ジョフル)に研修に来ていた。大戦勃発とともにそのままイギリス軍の連絡将校に任命された。そして中将として退役後、第1次大戦の連絡将校の時代の出来事を回想録にまとめた。

この回想録は当時のフランス軍司令部の雰囲気を客観的に描写したものとして秀逸である。また当時イギリス軍本部付き将校はフランス語がほとんどできなかった。またフランス軍人も英語ができなかった。(ただしドイツの職業軍人で外国語ができないものはほとんどいない。)このためイギリスの将軍はスペアーズを通訳としても期待し、重要な会話記録ともなっている。

スペアーズはフランス軍の動員を次のように記録した。

『仮に動員が遅延した場合、敵は完全装備の陸軍をもって準備の終了していない自軍を攻撃することになる。これは破滅的な結果を招く。

また各軍団が任務を遂行するため事前に割り当てられた位置に存在することは、時間の観点から極めて重要である。大規模な演習は不可能である。動員そのものが演習で、最後には事前計画に従って各軍団は攻撃体制が整わなければならない。

事前計画はそれゆえに非常に重要である。またその計画は細部にわたり検討済みのある種厳格性が求められる。

動員令が発せられた瞬間、すべての男子はどこに入隊するか知らねばならず、所与の時間に到着しなければならない。

部隊が編成を完了し装備し終わったら直ちに、所定の日、時間に待機している列車に乗り組み、事前に決められた目的地に出発しなければならない。反面列車は注意深く予定された時刻表に沿って、動かねばならない。

すべての部隊はその後、それ以上の編制に属するため一旦目的地に下車し編成を終え、作戦計画にもとづいて、策動地に移動しなければならない。

動員期間中は中途変更・改変は不可能である。フランス軍がやったように300万人と4278本の列車を運営するに当たっては、即興は問題にもならない。』

この記述にみられるスピードが総動員を解くカギであり、また当時の外交をも決定した。すなわち外交的駆け引きで相手の動員令を遅らせることができればそれだけ自軍に有利になるという計算である。もちろんそれは戦争勃発という自国にとり最大と思える不利益を天秤にかけてのものだから、単純なものではない。

そして動員を有利にするため外交での時間を切り詰めたオーストリアが動員に時間でも編成でも失敗したのは皮肉だろうか。

第1次大戦が鉄道時代の産物で、それが原因をなし戦場の勝敗に大きく影響しそして現在では忘れられているのも歴史の皮肉かもしれない。当時のフランス鉄道の客車には馬なら8頭人間なら140人という看板がかかっていたという。



Spears, Brig-Gen. Edward L.,Liaison, 1914: A Narrative of the Great Retreat, NewYork, 1931(B.タックマンは、開戦当初について書かれた回想録で最も描写にすぐれ細部にわたる豊富さも魅力的だが、著者が個人的な偏見をもった場合、事実を捏造する場合がある、と記述している。どこを指すのだろうか。)

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