セルビア政府の回答

7月23日に最後通牒を受け取ったセルビア政府はロシアとイギリスのアドバイスを求めたが具体的なものは得られず、7月25日期限の午後6時に以下の回答を行った。原文はフランス語である。

王国政府は帝国政府の23日付けの連絡を受けとった。そしてこの回答がセルビア王国とオーストリア帝国の間の隣人関係と友好関係を破壊するおそれのあるいかなる誤解も除去することを確信している。

王国政府は一時スクプチーナ(議会)と政府の責任ある代表による、偉大な隣人の帝国にたいする抗議を再び行うことは全くなかったし、1909年3月31日で終了したと認識している。またボスニアとヘルツェゴビナでつくられた政治・司法制度を改変しようと試みるいかなる組織も個人も存在しない。王国政府はこの点で帝国政府が教科書を除いていかなる抗議もしなかったことを主張する。また教科書の件は帝国政府が満足する回答を得たと思う。セルビアはバルカン危機に際しては、平和的で穏健な政策をとったしその証拠も提供してきた。またヨーロッパの平和に寄与するために一方的に犠牲をセルビアは払ってきた。

王国政府は私人の表現に責任はとれない。新聞記事とか破壊的内容でない作品とかで、他国のおいても広汎に是とされているものである。そしてそれらは通常政府の監督には属さない。にもかかわらず、王国政府はセルビアとオーストリアの両国関係の疑問を解決するのに努力を払い、改善の方向で成功しつつあった。

王国政府はゆえにサラェボ事件でセルビア市民が関与したという断定に驚愕した。王国政府は犯罪捜査に招かれることを期待している。そして情報を受け取った個人への司法手続きを開始すべくその証拠を取り扱う準備は完了している。

帝国政府の要望に従い、王国政府はいかなる官位、地位にあろうとも、サラェボ事件に関与したセルビア市民を証拠があり次第法廷に引き渡す準備ができている。また王国政府は7月26日の官報の第1ページに次の記事を掲載することを承諾する。

略…オーストリアの最後通牒で要求された記事(ただしセルビア政府の関与は認めずそこだけ改変している。)

王国政府また以下の項目を確約する。

1. 次回のスクプチーナの定例集会で、帝国にたいする憎悪または軽蔑を誘引することを処罰する新聞条例内の条項を具体化する。またオーストリアの領土保全を損なう傾向のある出版物も同様とする。憲法12条によって不可能とされている、出版物の没収が可能となるべく憲法22条に修正条項を挿入し憲法改正を具体化する。

2. 王国政府は現在のところナロードナ・オドブラナやその類似の団体が、その構成員を通じて違法行為を行った証拠を所持していないし、また帝国政府もそれについて提示していない。にもかかわらず王国政府は帝国政府の要求を受け入れナロードナ・オドブラナまたは反オーストリア類似団体を解散させる。

3. もし帝国政府から宣伝の具体的証拠の提出があったなら、王国政府は遅滞なく反オーストリア宣伝をセルビア国内の公開の場所から除去する義務を負う。

4. 帝国の領土保全に反する活動を行い、司法手続きで有罪となった政府または軍に所属する官吏または士官について王国政府は解雇する用意がある。王国政府は帝国政府がそれらの官吏・士官の名称と犯罪事実を連絡し、捜査手続きが開始されることを期待している。

5. 王国政府は帝国政府が要求するセルビア領内での帝国政府の官吏との協力がどの程度の範囲かまたどのような考えにもとづくのか、はっきりしないと言わざるを得ない。しかし友人関係と隣人関係また国際法と刑法に反しない限り、あらゆる協力を受け入れることを宣言する。

6. 王国政府は6月28日の事件に関与し、セルビア領内にいた人物にたいする捜査を開始することは義務だと考えている。ただし帝国政府の特別に派遣された官吏にたいする捜査上の協力については受け入れることはできない。これは憲法と刑事訴訟法に違反する。だが捜査結果についてはオーストリア官吏に連絡する。

7. 通知のあった夕刻王国政府はウォイスラウ・タンコシッチ少佐の逮捕を命令した。オーストリア市民権をもつミラン・チガノビッチに関しては、6月28日まで鉄道局に勤務していたが、それ以降所在が確認できていない。召喚状はすでに出されている。
  捜査の目的のため速やかに帝国政府にサラェボ事件の犯罪証拠および立件根拠について通知することを依頼する。

8. セルビア政府は武器・弾薬の密輸につき既存の手段を強化して十分有効なものとする。
もちろんの事であるが犯罪実行者の通行を許し、義務を怠ったシャバッツ−ロツニッチャ間の国境警備員については司法手続きがとられ、厳しく罰せられるであろう。

9. 王国政府はセルビア国内または海外でサラェボ事件以降見解を発表したこと、及び帝国政府によれば帝国に敵対したことについて十分な説明を行う用意がある。帝国政府がこれらの見解がどこで行われたか詳細に指摘しまた誰により行われたかを明らかにすれば王国政府は必要な証拠・証明がなされたものと留意する。

10. 王国政府は、たとえ要求がなくとも問題となる手段が命令され実行に移されたならば帝国政府に通知する。

セルビア王国政府はこの事件の解決を性急に計らない事が共通の利益だと信じる。それゆえ帝国政府がこの回答に満足しないならば平和的解決のためハーグの国際司法裁判所の決定を参考にするか、1909年3月31日のセルビア政府宣言の策定に関与した大国の決定に委ねたらどうだろうか。

以上がセルビアの回答であるが、ほとんど全てを受け入れていることに驚かされる。すなわちタンコシッチらのオーストリア官憲による尋問を拒否しているだけなのである。

これについてはセルビアがタンコシッチらの実際の関与が暴露されるのを恐れたとする見方と、格好だけでも一つだけ拒否したという見方とに分かれる。真相は不明だがテロ撲滅の観点ではセルビアの回答は不十分であろう。回答のなかに誠意のようなものがない。なぜ国内テロに苦しむニコライ二世が問題にしないのか不思議である。イギリスでは現在でもここまでのむのなら全部認めたほうがよかったという見解が存在する。

だが現在でも小国のテロについて有力な対処方法がないのは事実である。また不条理だが大国のテロはテロとは呼ばず、警察活動である。この場合をみてもオーストリアは人口52百万人の大国だった。セルビアは僅か4.5百万人だった。オーストリアが仮に無分別を起こせば、ロシアの存在で均衡を図ることにより当時の国際秩序はなりたっていた。ところがその逆にロシアはセルビアの無分別をチェックしていたのだろうか。この最後通牒のやり取りの前に駐ベオグラード大使が急死するという不幸はあったが、ロシア側から暗殺事件について解明の努力を払った形跡はない。

セルビア小史

むしろこれを一読したウィルヘルム二世のようにこれで落着だとした方が分別のような気がする。ニコライ二世とウィルヘルム二世が二人だけで問題を解決できれば解決は不可能でなかったろう。

テロ国家だとして撲滅する、ないしは予防戦争に訴えるのはやはり大国のとる道ではない。すくなくとも第2次大戦以降はそのようなルールで運営されているように見える。また当時もヨーロッパ内部では一応そのように運営はされていた。それで長期間の平和が保たれていた。ベルヒトルトベートマンは予防戦争を極限まで追及する方針だったが、本当に流血の伴う戦争を予期していたかは疑問である。

あまりにも長い平和が続いたため、平和ボケを生じ、実体の戦争が分からなくなっていたのではないか。セルビアはバルカン戦争(小国同士で大国は干渉しなかった。ただし戦場が急速に移動したため、民間人被害が大きかった。)の悲惨さが脳裏にあり、回答のなかで、武力行使を恐れている雰囲気は覗える。ただオーストリアの最後通牒にそういった感触はない。

こんなもので、900万人が戦死したとは思いたくない。しかし要路の人間が歴史に学ばねば、これからもないという保証はない。よく民間の平和運動が戦争を防止するという見解がある。しかしそれを強調することが本当に大戦争を防止するのだろうか。敵国軍が国境を越え侵入してきたら、反戦という主張が意味をもつだろうか。そして戦略的に重要な隣国に敵国軍が進駐してきたら。その恐れがあるので攻勢に出るというのですら、極端だが支持は得やすい。なにしろ戦争を有利にはこび自軍の損失を少なくするのだから。

自軍=国民となったときが大量殺戮戦争の開始なのだろう。しかしそれでも必要な条件にすぎず、決定的なわけではない。戦争が一方の国の意思で発生する以上、単純に外国の善意に期待するわけにはいかない。そして歴史の示すところ大国同士が争わない限り大戦争にはならないし、小戦争の方が大戦争よりましである。(もちろん小戦争でも悲惨さは変わらない。しかし量は変わる。)

百年間の戦争


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パレオログ日記