14ヶ条提案

ウッドロー・ウィルソンの14ヶ条の提案は1918年1月18日、上下両院合同会議の席で示された。以下はこのときのウィルソン演説の全文である。

議会の紳士諸君

中央同盟諸帝国のスポークスマンは、再度くりかえし再度だが全般的平和の条件と戦争目的について討論したいと示唆してきている。現在中央同盟諸国とロシアの間でブレストリトウスクにおいて、会談が進行中である。平和と休戦に関してこの会談がはたして、もっと全般的な会談に発展しうるかについては、すべての参戦諸国が注目しているところである。

ロシア代表は平和に応ずる原則について明確な指針を打ち出しているのみならず、この指針が応用可能であることも明らかにしている。一方中央同盟は休戦についての概要は出しているが、それについては具体的な追加の要求がはっきりしないと、まだ明確な解釈は難しい。だが中央同盟の要求はロシアにたいしていかなる領土保全も認めずまた住民の意向も省みないとことになるだろう。すなわち軍隊が一旦占領した地域、あらゆる州、あらゆる都市、すべての重要施設、は手放さず永久に中央同盟諸帝国の属領または支配下となす計画である。

休戦についての一般的原則をドイツとオーストリアのリベラルな政治家が国民の考えに沿って考え出し、休戦の具体的内容を一旦得たものを手放そうとしない軍事指導者が出してきたことは、十分根拠のある推測である。ブレストリトウスクでの交渉はすでに決裂した。ロシア代表は真摯であり誠実である。ロシア代表が征服と覇権の提案を認めることはないだろう。

このすべての出来事は非常に重要である。また困惑に値する。ロシア代表は一体誰と交渉しているのか。中央同盟諸帝国の代表は一体誰を代弁しているのか。この代表は議会の多数派を代弁しているのか、それともいままで政策を支配してきた軍事的、帝国主義的な少数勢力を代弁しているのにすぎないのか。そしてその少数勢力が現在ではやむなく同盟国となったトルコやバルカン諸国を支配しているのだ。

ロシア代表はたいへん賢明また公正にも、独墺人とトルコ人との会議をオープンにすることを主張した。その結果全世界はその観衆となることができた。それでは我々は誰の話しを聞くべきなのか。昨年7月9日のドイツ議会における議決とその精神、意図なのか、リベラルなドイツの諸政党と指導者のものか、それともその精神、意図に反対し征服と従属化を主張する人々か。それとも我々は明らかに矛盾し調整不可能な両者を相手にしなければならないのか。

だがブレストリトウスク講和会議の結果がどうなろうとも、中央同盟諸帝国のスポークスマンの発言が過程と目的の双方で混乱していようが、中央同盟諸帝国は戦争の成果を世界に知らしめ、また連合国に自分たちの満足する条件での休戦条件と戦争目的達成を強要し続けるだろう。こういった強要がなんらの反応もなくまた率直な答えも得られないことは当然だろう。我々も待っていたばかりではない。一度のみならず再三にわたって世界に我々の考えと目的を明らかにしてきた。そしていつも全般的な条件ばかりでなく、明確な定義をもって、休戦条件を呈示してきた。昨週ロイドジョージ首相はイギリス政府と国民にかわり、率直に誠意をもって、休戦条件について語っている。

中央同盟諸国の敵対国に混乱はない。原則について明快である。詳細についてもあいまいさはない。ただドイツとその同盟国だけが過程を秘密にし正直さを欠き、そして戦争の目的について明確な言及を避けている。生死にかかわる重大問題がこの明確さによっている。社会の最も重要な要素である人々を犠牲にすることを覚悟し、国民が自分のしようとすることが至上命令でかつ正しいと考えていることを確信しなければ、政治家はこのような途方もなく悲劇的な破壊と殺戮を続けることは一瞬たりとも許されない。

そのうえ、この混乱した世界で変化しやすいたくさんの意見より、この目的と原則の明確化を求める、より感動的な胸をうつ声がある。それはロシアの人々の声である。ロシア人は敗北し、絶望的である。そしてドイツの恐怖の軍事力に直面しており、この軍事力はいまだかって寛容さとか慈悲をみせたことはない。それでもロシア人の魂は屈従的ではない。ロシア人は正義と受け入れることができる名誉と人道性を明確にしている。そしてその際の正直さと寛容性、視点の広さ、普遍的な人間性は全ての友人の賛嘆を措くにあたらない。ロシア人は理想が汚れるのを拒否し、安全なところにいる人々を非難したりもしない。

ロシア人は我々が何を欲しているのか、我々の精神なり目的が彼らのと違うのか説明を求めている。私はアメリカ国民が正直に単純にこれに答えることを希望していると確信する。ロシア人の現在の指導者が理解しているかは分からない。しかしロシアの自由と秩序ある平和をとりもどすために、我々が光栄にもロシア人を助力できれば、それは我々の希望するところである。

平和の過程が開始のときから、公開され、秘密交渉を排除することは我々の願いでもあるし、目的である。征服と侵略のときは過ぎ去った。また特定政府の利益となる秘密議定そして発覚後の混乱のときも過ぎ去った。最早過去の時代にしがみついていない公人にとって、世界平和と正義を目指す諸国が、いつでも目に見える形で目標を設定できることは幸せな事実ではないか。

我々は正義が侵犯されたので参戦した。そして中央同盟国の再起の芽が断たれ、矯正されねば、我々国民の生活は不可能である。それ故に、我々のこの戦争で欲するところは我々にとり奇妙なものではない。それは世界が安全で住みやすくなることである。とりわけ平和愛好諸国にとり、我々のように独立し、政権を決定し、正義が保証され、また他の諸国から軍事力による利己的な侵略に圧迫されず公正な取り扱いが得られる、安全な世界を作ることである。この点では世界の全ての民族が我々のパートナーである。われわれにとっては、別の民族に正義がなされなければ、我々にもなされないだろうという明確な理解である。世界平和のプログラムは我々のプログラムと同一である。そして唯一のプログラムは次のようなものである。

1.
平和条約はいかなる国際間の秘密とりきめがあってはならない。外交は常に正直に実行され、公開されなくてはならない。
2.
領海外の公海における通行は、国際条約の実行のため強制措置が実施された場合を除き自由でなければならない。
3.
経済障壁は出来得る限り除去すること、および平和について合意し維持しようとする全ての国の交易条件を平等化すること。
4.
国内治安の維持に必要な最低の範囲までの軍縮の適正な保証。
5.
植民地の帰属を定めるにあたり、主権をもった政府の正統な要求が、そこに住む人々の利益と同様の重みをもって、決定されるという原則が、自由で寛大で偏りのない調整をするうえでの、客観性をもった基礎になること。
6.
ロシア領からの撤退。ロシアに影響する全ての問題の解決に当たっては、世界の国々の最良で自由なる協力により困難でないまた名誉ある方法で、自らの政治発展と国策を決定できるようにしまた自ら選んだ政府のもとで、独立国家の社会に誠意をもって迎え入れること。そして歓迎以上にロシアが必要としまた欲するあらゆる援助を行うこと。数ヶ月以内にロシアにあたえられる旧同盟国の援助はその善意、自らの利害から離れた必要性の理解そして知識と利己的でない同情を計るうえでの厳しい試金石となろう。
7.
ベルギーからの撤退と復旧。これは世界中が支持すると思うが、他の独立国が共通してもつ主権をいかなる形でも損ねてはならない。これほど、互いの政府間の関係を決定する国際法における国家間の信頼を回復させる手段はない。この修復措置なくしては国際法のすべての構造と有効性は永遠に損なわれるだろう。
8.
全フランス領土は解放されねばならない。そして被害を受けた部分は復旧されねばならない。アルザス・ロレーヌについて1871年になされたプロシャのフランスにたいする悪事は正されるべきだろう。この措置は世界を50年間近く不安定に陥れた。その矯正は全ての関係者に平和をもたらすだろう。
9.
イタリーの国境線の修正は国民の国籍に基づき明らかに認識できる線で決定される。
10.
国家間における地位は保全されかつ保証されるが、オーストリア−ハンガリーの各民族には自治政府の設立の機会が与えられるべきである。
11.
ルーマニア、セルビアそしてモンテネグロからの撤退。占領地域は復旧されねばならない。セルビアには海への出口が与えられる。バルカン諸国の国境線は国籍や忠誠による歴史的に定められた線にもとづき、友好的な話し合いで決定されよう。そしてバルカン諸国の政治的経済的独立と領土保全の国際的保証は含まれねばならない。
12.
いまあるオスマン帝国のトルコ部分の主権は尊重される。だがトルコ支配にある他の国籍の人々は生存の保証と決して損なわれることのない自治政府設立の機会が与えられる。ダーダネルス海峡は全ての国の船舶と通商へ、自由通行路として開放されるべきだ。
13.
ポーランド人による独立国家が建設されるべきで、疑いなくポーランド人が住む地域が含まれるべきである。そして海への出口が確保され、政治的経済的独立が領土保全とともに国際的条約で保証されるべきだ。
14.
大小の国に政治的独立と領土保全の供与を目的として特別の条約で形成される国家間の全般的団体が設立されねばならない。

これらの基本的な誤れることの修正と正しいことの確認という点で、我々は帝国主義者に対抗するため、全ての政府と民族と親しいパートナーになれると感じている。我々は利益で分断されたり、目的で分断されたりしてはならない。我々は最後まで一緒に耐えねばならない。そのような目標に沿って我々は戦いまた達成されるまで戦いつづけるだろう。
我々は正義が勝利し正当な安定した平和を欲する。そしてそれはこのプログラムが除去することになる戦争の主導者を排除することによってのみ達成される。我々はドイツの偉大さを羨んではいない。このプログラムにそれを損なうものはない。ドイツの歴史を輝けるものとしまた羨ましがらせる、平和的なまた学問的上の業績とか達成に不平を言ったりしない。我々はドイツの合法的な影響力とか力を阻止したり損なうことを欲していない。
公正な取り扱いと法と正義をもたらす条約のもとで、他の平和愛好国家と我々とドイツが友好的になるならば、武器をとって戦ったり、通商上敵対的行為をはたらいたりしたいと思わない。我々は単に世界の各民族のなかでドイツが平等の地位にあることを認めればそれでよいのだ。我々の住む新世界のごとく、また支配−被支配の場所の代わりに。

また我々はドイツにその政体の変更や修正を示唆しようと思わない。だが正直言って、これから交渉しなければならないとして、十分な知識を得ておくために次ぎのことを知る必要はある。ドイツのスポークスマンは我々に話すとき誰のために話しているのか。議会の多数派のためか、それとも軍部のためか、または帝国主義的覇権を信条とする人々のためか。

我々は今、これ以上の疑いや論争を許さないしっかりした条件を話している。私が概括的に話した全てのプログラムに明らかな原則が走っている。それはすべての民族と国民にとり正義の原則であり、強者弱者にかかわらず自由と安全を平等の条件のもとで生存する権利である。

この原則を基礎としない限り、国際正義のどの部分もなりたたない。アメリカ人民はこの他のいかなる原則にも依拠しない。この原則のために人民は生命と名誉と所有する全てを捧げる準備がある。これの道徳的なクライマックス、人間的自由のための究極的な最終戦争が来ようとしている。そしてアメリカ人民は力と至高の目的と倫理と献身をその試練に向けようとしている。


この演説は議員にその場では歓迎されたという。その後国際連盟の条約の批准を阻止したのも同じ議員であるが。多分ヨーロッパおよび日本の原則の無理解に絶望したのかもしれない。調子自体は古くなく、現代に通ずる性格を保有している。だが現在でも国の大小や強弱に関係がなく、国際法上平等な地位があることを否定する国家がでることに驚かされる。

またこの14ヶ条はのちにルーデンドルフが休戦の前提として受け入れることを認めたが、その時ルーデンドルフは全部を読んでいなかったことは、あとの自身の主張からありうることと思われる。

日本では第2次大戦前、後を通じて14ヶ条の技術的な欠陥のみをあげつらう傾向があり、ウィルソンの主張にある原則を見逃している。原則に従えば、満州国はあってはならず、第2次大戦後の東欧諸国の主権制限は許されず、中国(共産)のベトナムへの懲罰戦争はしてはならないことになる。

またここでは政体の変更について、あまり言及されていない。ただドイツおよびその同盟国を帝国主義だとして非難している。これは英仏、帝政ロシアおよび日本が帝国主義ではないということか。しかしその時国号に帝国がなかったのはフランスだけだった。イギリスは国王がインド帝国を兼ねていたためその部分で帝国を名のった。それのせいか、フランスの国益には触れられているが、日英はまったく外にある。

ウィルソンの理想主義はしかしこの後の世紀の基調をなしているのではないか。国家の平等という概念は少なくとも現在、属国・従属国・保護国・傀儡国家は認められないという範囲で大半の国に受け入れられているようにみえる。おそらくウイルソンの理解もそのような国家をもつことが帝国だと解していたのではないか。


連合国軍最終攻勢に戻る
このページTOPに戻る

ブレストリトウスク条約
パリ講和会議