イギリス軍大戦後期の部隊編制

イギリス陸軍はもともと少数のプロフェショナルな集団(レギュラー)と内地軍(テリトリアル)で構成されていた。このため大陸型の徴兵制度を根幹とした陸軍に転換するためいくつかの節目を通った。

第1は、キッチナー陸軍(新陸軍)の創設である。これは、すべて志願による募兵で集められた。第2は徴兵制施行のあとの部隊である。

歩兵師団の構成は部隊ごとにかなり異なるが、中心となる歩兵連隊(連隊名は中世以来の伝統でフューズィリェー[火うち銃射手]マスケッター[マスケット銃射手]などさまざまに呼ばれていた。これはドイツ軍と同じだ。フランス軍はナポレオンの改革で歩兵としっかり呼ばれていた。)は旅団(ブライゲート)に3個組みこまれた。1個師団は2個旅団保有する。旅団長は通常大佐か准将である。

旅団以下は下の表の通り

連隊(レジメント)は通常3個大隊が基本だがうち1個は予備とされた。ただし陸軍の大拡張にもかかわらず新規の連隊は全く作られていない。従って連隊名はそのままに大隊が連続番号で増やされた。1個旅団は3個連隊が基本である。

大隊(1000人)――   4個中隊(200人) ――   4個小隊(50人)   
バタリオン         カンパニー           プラトーン
中佐以下          大尉以下            少尉以下

大隊には司令部と幕僚が付随していて、通常の兵士はここまでしか接触がない。また砲6門の砲兵大隊(約150人)が付随して1個旅団あたり通常5個大隊以上保有した。また工兵、衛生兵、偵察兵は小隊単位で各大隊に付随していた。伝令兵、担架兵,通信兵は各小隊に属している。曲射砲のうち臼砲は砲兵大隊を構成したが、迫撃砲は別で迫撃砲大隊があった。

ただし歩兵大隊1000人(将校は36人)のうち常時充足されているのは750人程度であり残りは休暇か研修コースに参加していた。

各大隊の名称は正規軍(レギュラー)のをもとに決められた。例をあげれば次の通り

ロイヤルロンドン
連隊(ただしロイヤルロンドン連隊を名乗る連隊は複数あるが、そこにこれらの大隊が配属されるかはわからない。連隊本部の事務に服するだけである)

正規軍(レギュラー)
第1大隊
第2大隊 
正規軍予備 第3大隊

テリトリアル 第1線
第1・4th大隊
第1・5th大隊

テリトリアル 第2線
第2・4th大隊
第2・5th大隊 

新陸軍(予備は番号だけではわからない)
第6大隊
6番から30番台まで

徴兵軍
第50大隊以降
第51大隊

実際は大隊の融合は頻繁に行われたが、レギュラーとテリトリアルはその中だけで融合された。新陸軍は別名キッチナー陸軍で、1917年以降は徴兵軍と融合されることが多かった。やはりパルの集団が目立ちすぎたのかもしれない。また融合されるとき解散の大隊に所属した兵士が、ロイヤルロンドンからハイランドへ転換というケースは結構あり、一応連隊単位で郷土主義をとってはいるが、厳密ではない。

またBEFは1917年9月までに第1軍から第5軍まで整備された。大陸陸軍と同様に2個師団で軍団を組成し数個軍団で軍が作られた。1917年9月末の戦闘序列。5個軍編成は休戦日まで変わらない。

第1軍(ホーン)第1軍団、第11軍団、第13軍団、カナダ軍団、ポルトガル軍団
第2軍(プルーマー)第9軍団、第10軍団、第1・第2ANZAC軍団
第3軍(ビン)第3軍団、第6軍団、第4軍団、第7軍団、第17軍団、第4騎兵師団
第4軍(ローリンソン)第15軍団、第1師団
第5軍(ゴウ、ただしカイザー戦第1次攻勢で革職されバードウッドが後任)第2軍団、第5軍団、第8軍団、第14軍団、第18軍団、第19軍団
他に司令部付きで騎兵軍団

ただし軍団は毎月のように各軍を転属しており一定していない。

また新連隊は作っていないと前述したが、正確に言えば連隊名を増やさなかったというべきだろう。結果としてノーザンバーランド・射手連隊(NOTHUMBERLAND FUSILIERS)は最大であるが予備だけで51個の大隊があったという。これは郷土の伝統を守るためまた過去の輝かしい戦歴を想起させるためだが、外部からはわかりにくい。ノッチンガムに連隊本部を置く、シャーウッド・フォレスター連隊(ロビンフッドからの命名)の来歴は現在でもノッチンガム城で見ることができるのを始めイギリスの主要都市には必ず、連隊の記念館がある。



Becke,MajorA.F., Order of Battle of Divisions,(rep.)Nottingam,1987
Fosten,D.S.V.and Marrison,R.J.,The British Army 1914-18, London, 1987

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