旧軍参謀本部の作戦評論 また旧軍参謀本部の結論を紹介すればつぎの通り(現代語訳にした)
開戦当初のフロンティアにおけるフランス軍作戦は兵力配備で作戦重点がなく、一方ドイツ軍は右翼を強化してフランス軍を包囲しようとした。この点でフランス軍の失敗は明らかでドイツ軍にイニシアチブをとられることになった。フランス軍は敵の兵力配置が予想外なため臨機の策として右翼・中央で突破作戦にでた。しかし当初犯した配置の失敗はあとで取り戻すことはできなかった。フランス軍司令官は形勢の不利なことを悟り、マルネまで退きパリとベルダンを軸として旋回、攻勢に転じたことは決断が正しいと同時にフランス軍の機動力が優秀だったことを示した。
- この後教訓を列挙する。政治と作戦の関係 作戦が政治に優先する
- 鉄道の利用 包囲・突破作戦で鉄道利用が可能なため成功率が高まった。
- 包囲中央突破 包囲と比較すれば中央突破は困難である。
- 内線作戦 内線作戦で鉄道利用が可能である。
- 大軍の機動力 大軍の攻勢での鉄道利用は困難(当たり前だ。)だが包囲には使えるのではないか。(?)
最終結論として(ママ)
「敵を左右し最終の勝利を占むるものは猛烈果敢なる攻勢なるへきは独仏軍の作戦之を証して余りあり。攻勢が常に最良の方法たるへきは千古不変の原則なりと謂ふへし。」
旧軍作戦評論の評論
この程度の報告で税金を使って欧州に出張してよいものだろうか。武官たちはいずれも陸大を優秀な成績で出たに違いないが、ひどすぎはしないか。だがフランス軍へ派遣された観戦武官は延べ50名を越えまた月一回以上は報告を義務付けられたため報告書自体が膨大となったと想像され実際は東京で取りまとめた者たちの責任かもしれない。まずプロイセン軍事学の枠から出られない。作戦は包囲突破以外にはないと思っている。また有名な定理、「開戦前の配置の失敗はあとで取り返すことが出来ない。」を内容もきちんと定義できずに信じきっている。また作戦の失敗を政治の要請だとして取り繕うのに必死である。
作戦重点の設定もプロイセン軍事学の根幹であるが、包囲の対象への進行地点、または突破作戦の突破点をいい、作戦が決定されてできうれば奇襲効果も期待して設定しうるものである。作戦重点を設定して作戦が決まるものではない。フランス軍の配置はプラン17に基づくがオリジナルのアルザス・ロレーヌ攻撃は確かに、正面攻撃を否定するプロイセン軍事学には反するがジョフルにすれば陽動作戦で、アルデンヌ突破が本格的攻勢のつもりだったのではないか。すなわち、フロンティア戦での13号命令が真意だったのではないか。
もちろんこれは推測だが、この会戦はフランスが勝利し、ドイツが短期戦での勝利を断念した戦いである。当初のプラン17が失敗しかつ、撤退しながら反攻に出るというのは実際あったが極めて難しいことだ。やはりその後の作戦の柔軟性を評価すべきだろう。結果だがプロイセン軍事学の定理を無効にしているではないか。 また包囲作戦を狙う攻勢側にたいして、鉄道の内線利用が可能な解囲を目論む防御側が有利という結果が出た。これは小モルトケの後任のファルケンハインが最も重要な戦訓としたことだった。やや旧軍の用語法に従ったが、分かりやすく言えば攻撃側は徒歩でしか進めないが鉄道を利用できる防御側は包囲されそうになっても、逃げられるということだ。旧軍参謀本部は攻勢に鉄道を利用しようと結論付けているが、根本的に間違えている。事実から演繹するのでなく定理(攻勢有利)から帰納するという点取り虫特有の失敗に陥っている。そして一般化すれば奉天会戦での殲滅戦の失敗もこれに起因している。
ジョフルはイギリスを味方につけるという文民政府の要請に忠実で、また小さいBEFを決してながしろにせず、友好的に取り扱った。ドイツ軍人のブルシロフ攻勢で敗れたオーストリア軍人にたいする態度、ロシア軍人のルーマニア軍にたいする態度と比較すれば、特筆に値する。日本の観戦武官もフランスの将軍からしばしばイギリス人将兵への悪口を耳にしており、実際そのように書かれた報告も多い。しかしジョフルは一般のフランス軍人とは違った。
このようにマルヌ会戦でのフランスの勝利は第一にドイツ軍右翼より数量で優ったことである。そしてガリエニの功績であるが、要塞とみられたパリから攻撃に出たことである。これは完全に意表をつくものだった。要塞は守るためのもので出撃拠点ではないとプロイセン軍事学はみなしていた。
イギリスを味方につけたのはフランス外交の勝利である。だが実際にはシュリーフェンプランによるベルギー中立侵犯がイギリスの参戦を決定した。戦争が国家間であれば外交上の要請(政治)で規定されるのは当然ではないか。勝てるからといって同盟国に攻め込む者はいないが、中立国に行くのはいるから始末が悪い。
そしてフランスのエイランにあてられ、旧軍参謀本部は攻撃こそ最大の防御を繰り返す。鉄道利用や包囲の失敗をみているのだから、何か新しいものをつかむのが仕事という気がするのだが。報告の最終結論は第1次大戦の根本=防御側有利を理解していないとしか言いようがない。しかもこのペーパーが出版されたのはマルヌの2年後である。
(別宮暖朗)
欧州戦争叢書第9巻 開戦より陣地戦の生起に至る仏軍の作戦評論 参謀本部 偕行社 1917