未決定の国境

チリ・ボリビア国境は未確定のままだった。チリはアルゼンチンからの冒険者が建国しアルゼンチンが決定したチリ軍管区を自国領とする一方ボリビアは従来のラパス総督府の管理地域のアルゼンチンを除外したチャルカス管区を自国領とみなしていた。それでも両国とも戦争が開始されるまでそれほど重要視していたわけではない。

一方ペルー・ボリビア国境も見確定のままだった。ただ中央部にはトラパチャと呼ばれる燐鉱石が豊富な地域があった。

1850年央、アタカマ砂漠で世界で最も埋蔵量豊富な硝石が発見された。当時アメリカのカリフォルニアで金鉱が発見されており人口が西部に移動したが、それと同じ現象が発生した。

チリ・ボリビア両国は1866年に条約を締結して両国国民とも論争地区について自由に鉱産物を探鉱・調査し採掘できると取り決めた。ところがボリビアは1876年になって突然条約を解除しチリの採掘業者に課税を開始した。これが三国の緊張を増したのは明らかだった。

戦争はチリ軍が1879年2月14日、当時ボリビア領だったアンテファゴスタに艦船で上陸したことにより開始された。1ヶ月後ボリビアは宣戦を布告した。ところが、ペルーとボリビアには秘密の攻守条約が締結されており、ボリビアはペルーに同様の処置に出るように促がした。ペルーは簡単に参戦できる状態になかったが形だけでものつもりか3月にチリに宣戦布告した。チリも4月に両国に宣戦を布告した。

この戦争は以上の経過からわかるように完全にチリが侵略者であり、そしてチリは最も有利なタイミングと場所を選んで戦争を開始した。三国の国境地帯はアンデス山脈をまたがっており、そしてアンデス山脈はすぐ太平洋に落ちている。当時鉄道はこのあたりに全くなく、陸上輸送はすべて騾馬によった。しかし内陸部まで砂漠が接近しそれすら困難な場合が多かった。この地形では海上輸送が圧倒的に有利である。ボリビアは自国領のアンテファゴスタが占領されても2ヶ月にわたって打つ手が全くなかった。

三国の戦備

ペルーはこの時点で経済的に最も追い詰められていた。1873年からの不況は銀行を始めとしてあらゆる企業を倒産に追い込み1879年には燐鉱石を採掘販売するグアノ公社すら倒産し唯一の外貨獲得源すら失われるありさまだった。

そして政治的にも混乱し、そして頻々と発生するクーデターによって全てが決められた。そして支配者は町に住むクレオールと呼ばれるスペインとインディオの混血だが、インカの末裔であるインディオに支持されることがなかった。

ボリビアもこれらの点で経済的にはまだましであったが大差がなかった。軍隊の装備は更新されず旧式のまま放置された。都市で活躍する文民政治家を軍人は支持せず、また田舎に住むインディオはそれにすら興味を示さず太古と変わらない生活を送っていた。

ところがチリはこの両者と全く違う相貌をもっていた。元来ラプラタ植民地から流れていった人々が建国した国であり、人口のほとんどはヨーロッパ人で国家としてのまとまりが存在した。そして共和制のもと軍備を着実に増加させておりブラジルを除く南米では最も強力な軍事力を保持していた。そして当時南米では唯一重火器の自製能力をももち、この戦争では駐退機つきの野砲を戦場に持ち込んだ。


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