3時に外務省に向かった。ブキャナンがサゾーノフと打ち合わせていた。
ドイツ大使が次に順番を待っていた。私は正直に話しかけた。
「それで、ついに同盟国を落ち着かせるのに決めたのかね。あなたがたがオーストリア人に叡智を説ける唯一の立場にあるのだから。」
ポウタリスは、震えるような声で抗議の声をあげた。「だが、セルビアを落ち着かせる義務を負い、また応援しているのはここではないか。」
「名誉にかけて言うが、ロシア政府は落ち着いているし、いかなる妥協にも応じる構えだ。しかしロシアにセルビアを滅ぼすことを頼んでも、それは無理だ。」
ポウタリス「同盟国を見捨てるわけにはいかない。」そして、はっきりと付け加えた。「かってな事をいいますぞ。これは重大な瞬間であり、遠慮なく互いに言い合ったほうがよいと思う。オーストリアーセルビア問題が24時間以内、二日以内に片付かねば、これは戦争を意味します。全面戦争。まだ世界が知らない破滅です。この災害はロシア政府が平和愛好的であれば、イギリス政府が、フランス政府が平和愛好的であろうとするなら、避けることができます。」
この言葉を発したあと、ポウタリスは絶叫する調子となった。「神に誓って言う。ドイツは平和を愛好する。ドイツこそが43年間にわたってヨーロッパの平和を維持してきたのだ。43年間、軍事力を濫用することを避けてきた。そして今戦争を仕掛けるものとして我々が非難を受けている。歴史は正義が我々の側にあることを証明するだろう。我々の良心は決して他人を非難したりしない。」
「我々はもう歴史の審判を必要とする所まで行き着いてしまったのかね。戦争回避の途はもうないと。」
ポウタリスは興奮して、もう口がきけないようだった。手はふるえ目は涙で濡れていた。
怒りで震えながら、繰り返した。「我々は同盟国を見捨てたりしない。」
その時、イギリス大使が外相の部屋から退出した。ポウタリスはイギリス大使と握手することすらせず、部屋に駆け込んだ。
ブキャナンは「一体ポウタリスはどうしたんだ?」と言いながら、外相室でのことを語った。
ブキャナン「なんという状態だ。情況は悪化している。ロシアは耐えられると思うが。ロシアは真面目にことを処理しようとしている。今サゾーノフにドイツが挑発と呼ぶあらゆることをしないように頼んだ。ドイツ政府にあらゆる責任とイニシアチブを被せなくてはならない。イギリスの世論はドイツが疑いなく侵略者だと認定しない限り戦争に介入することは納得しないだろう。申し訳ないがあなたからもサゾーノフにそのように伝えて欲しい。」
「それは私がいつも言っていることだ。」と回答した。
その時オーストリア大使(スザパレイ伯)が到着した。青ざめて見えた。なにかよそよそしい態度は日頃の人の好い礼儀正しい愛想とはかけ離れていた。
ブキャナンと私は何か話をさせようとした。
「ウィーンから何か良い知らせは受け取りましたか?私どもの気持ちを安ませてくれると良いのですが。」
スザパレイ「いや何も。機械が動き始めている。」
それ以上の説明を拒否するように、その黙示的な隠喩を繰り返した。
スザパレイ「機械が動き始めている。」
これ以上追求しても無駄と判断し、ブキャナンと外に出た。実際のところ、ポウタリスとスザパレイの後に、外相と面会したかった。15分ほど後、私の名前が呼ばれた。外相は青ざめ興奮していた。
サゾーノフ「情況は最悪だ。」「最早オーストリアが我々に譲歩する気が無いことは確実だ。そしてドイツは秘密裏に応援している。」
「それではポウタリスからは何も言質が得られなかった?」
サゾーノフ「ドイツはオーストリアを見捨てないということだけだ。だけど、ドイツにオーストリアを見捨てろとは頼めない。私が依頼した全ては、ドイツが平和的手段で解決することを手助けして欲しいというだけだ。実際のところポウタリスは自制心を失っていた。言うべきことも言わない。どもりながら、怯えているようだった。なにを恐れているのか?我々は自制心(
sang-froid )を失ったりしていない。」
サゾーノフ「ポウタリスは個人的責任が絡んで、自制心を失ったのではないか?もしかすると、ポウタリスは自国政府にロシアは対抗措置を取らないと報告して、このひどい冒険状態に追い込んだのではないか。もし、そんな事は考えられないが、ロシアが譲歩せねば、フランスはロシアを見捨てるとね。今自分で追い込んだ祖国の危機の深淵を見てしまったのだ。」
「それは間違いないか?」と思わず叫んでしまった。
サゾーノフ「情況からは間違いない。昨日ポウタリスはオランダ公使とベルギー領事に、ロシアは譲歩する、そして三国同盟の偉大な勝利だと説明した。確かな筋からこの情報を入手した。」
サゾーノフはふとため息をつくと、黙って座った。私が喋る番となった。
「ベルリンとウィーンに関する限りサイは投げられた。今考える必要があるのはロンドンだ。ドイツ国境にはいかなる軍事的手段をとらないことをお願いする。またオーストリア国境にもドイツが明らかな手を見せるまで慎重に構えて欲しい。少しの思慮がイギリスの向背を決める。」
サゾーノフ「賛成だ。しかし参謀本部は落ち着きを失っている。今ですら抑えることが難しくなっている。」
最後の言葉はたじろかせるに十分だ。ある考えが浮かんだ。
「危機がいかに重大でも、そこからの脱出がいかに困難でも平和維持ための手段を尽くすべきです。大使としての職務で私は前例のない立場にあることを理解ください。元首と政府の長が海にいます。時間をおいてしか連絡をとれず、信頼をおけない通信手段しかありません。危機についての情報が十分でないため、私に的確な指示が送れない状態です。パリの本省は長官がおらず、元首との連絡も私と同様程度で不規則かつ正確でありません。私の責任は重大です。それゆえに、今後フランスとイギリスの平和維持のための提案には全て従って欲しいのです。」
サゾーノフ「それは不可能です。目的も内容もわからない提案に事前に従えとは、どういうことでしょうか。」
「平和を救うために、不可能なことでも企てるしかないと言いました。それで要求したのです。」
短い躊躇のうちサゾーノフは答えた。
サゾーノフ「わかりました。受け入れます。」
「あなたの回答を公式なものとし、パリに公電で連絡しますが。」
サゾーノフ「結構です。」
「ありがとう。心にかかっていた重荷がとれました。」