マスケット銃と騎兵

18世紀初頭火縄銃に代わり、まだ先込めであるが撃針で強打することにより火薬を発火させるマスケット銃が主流となった。機能的に火縄銃と大差はないが口径がやや小さく銃身が長くなったことが特色である。これは射程距離を長くしかつ命中率をあげるためだ。すなわち火縄銃では狙いはつけられず、ある方向に撃つにすぎなかった。ただ火縄銃から現在のライフルまで命中した時の人体または馬に与える威力は大きく変わらない。

その意味ではこれにより初めて現在のライフル(施条されたものがライフルだが、日本の小銃に当る言葉が英独語にはなく、通常小銃は全てライフルと呼ばれる)の機能を持ったとも言える。日本では、火縄銃からいきなりミニエ銃またはスナイドル銃(薬きょう付き後詰。施条は時期により異なる。ただ遊底がなく弾丸を1つづつ送り込む必要があった。)へ飛んだためあまり馴染みのない形式である。

スナイドル銃

イギリス陸軍は愛称「ブラウンベス」と呼ばれるマスケット銃を採用、1850年代まで使用した。これはアメリカ独立戦争でも主流の銃であり、イギリス人はこの銃で大英帝国を作ったと自慢している。

火縄銃と異なり雨に影響されることが少なく、また火縄の維持が不要になり連射がある程度可能となった。イギリス軍は1分間に4発の射撃が可能となるよう兵を訓練した。防御の場合4段に組んだので5・6秒に1回銃弾が発射されることになり、弾幕射撃が初めて可能となった。弾幕射撃のイギリスの記録で最古のものは1746年の内乱のカロデン(Culloden)の戦いのようである。日本の長篠より約170年遅れる。


イギリス陸軍制定のマスケット銃”ブラウン・ベス”
1720年に試作・制定され1850年代まで使われた。
木製のストックが銃身を覆うようについているのがイギリスの銃の特徴である。

イギリスのカロデンの戦いも長篠と同じく騎兵の突撃を阻止するため弾幕射撃が工夫され、その目的を達成した。ただ当時の火薬は黒色火薬であり、1発撃つ度に猛烈な煙を生じた。これでは次の射手は狙いをつけるのが難しい。また残渣が銃身に大量に残ったはずで、その掃除は容易ではなかっただろう。兵は左右に並べる。長篠合戦は絵で見る限り前後に並んでいるが、銃発射後発火した火薬が前に飛び散り兵に危害を与えかねず不思議である。あるいはその都度、射手を前進させたのかもしれない。

機構は単純であるから、農機具が自製できる程度の鍛冶屋がいればすぐ真似ができた。むしろ鉛の弾丸(完全な円球でないと真っ直ぐ飛ばない)の方が材料・加工とも手当てが困難だったはずだ。有効射程距離は、100から150メートルで、ボルトアクション式ライフルの300から500メートルよりかなり劣る。ただ火縄銃と異なり狙いをつけられる決定的利点がある。口径は7.5ミリで、これはあとの時代のボルトアクション・ライフルと変わらない。ただ弾丸の直径は6.9ミリが標準だった。これは残渣による銃身内暴発を防ぐための措置だ。

ブラウンベスには別に銃剣があった。ただ後世のものとは異なり銃身にキャップをつける形で装着時は射撃できないことになる。

マスケット銃以降弾幕射撃により騎兵の突撃に対して、ライフルを持つ歩兵が優位にたったことは容易に想像できる。ところが騎兵の戦場での価値はそれ以降も示されたのも事実である。例えば、ボーア戦争やソ連ポーランド戦争における騎兵の活躍である。

この騎兵の使用についての疑問は早くから生じていた。下の文章は騎兵無用論に対する反論である。

戦争における騎兵の役割(エベリン・ウッド将軍、1895年タイムス)

 “ブラウンベス”の時代から武器の進歩とともに歩兵畑の兵隊から「騎兵無用論」が叫ばれる。これの多くは、小銃の射程距離に関係させてする議論である。

しかしながらこれらの兵隊は適切に指導された騎兵を見たことがないばかりか軍隊がこれまで達成して来た実績について詳しく研究することもない。また成功している大陸の軍事国家がむしろ騎兵部隊を増加させている事実が存在する。これらの諸国は軽騎兵のみならず、中量騎兵までにも槍を持たせている。これはショック戦術を信じてのことである。わが国の軽騎兵に槍を持たせないのは賢明な判断ではないと思う。

3年程前ロシアは、軍事学を学ぶ徒にとっては驚愕だが、多くの騎兵部隊を馬上の歩兵に転向させた。しかしながらこの方針は既に廃棄されたように見える。たとえ大国も予算を節減する必要があったとしても、1870年から71年までの戦争以降絶え間なく騎兵を増強しており、また注意深く訓練を怠らない。

現在のところ騎兵は訓練するのに歩兵より3倍時間がかかり3倍費用もかかる。それからしても大陸諸国は騎兵の時代は終了したとは思っていないことは確実だ。

私が、同僚の歩兵畑の兵隊よりも大陸の見解を支持するのは次のような理由からである。

第1にライフルの射撃演習が行われている環境は平時と戦時では異なることである。そのための何らかの演繹ができる価値のあるデータは得られない。ライフル射撃場では、好体調・好生活環境・好気象・軽装備など兵士はあらゆる好条件で練習する。司令官は練習しようとする兵士に4マイル以上行軍しろなどと命令しないだろう。そして高価な標的を無駄にしかねない悪天候下での演習もすることはない。にもかかわらず戦場で歩兵は長い行軍のあと食料も欠乏するなかで騎兵と戦えと命令されるのだ。そして食料の欠乏などを避けるために装備を重くすれば、それは良好な射撃を妨げることになるだろう。

第2に武器は年々改良されるにしても、人間の心は同じだ。訓練によりその価値をあげることが可能だとしても完璧な訓練を数ヶ月で達成するのは不可能だ。陸軍は巨大な成長を遂げている。歩兵の訓練はますます時間がかかるだろうから、歩兵が80年前と同様に実際の戦闘において、騎兵の大活躍を目の当たりにすることもおおいに有り得るだろう。

筆者(ウッド)は騎兵畑だろうか。難詰調の弁明をしている。環境により、射撃が左右されるにしても騎兵が弾幕射撃の敵ではないことは明らかだ。つまり馬はライフルの格好の標的であることは事実であり、練習の時の天気を持ち出してはいけない。

ただこの論文が書かれた3年後発生したボーア戦争では騎兵が大活躍した。これはどのようなことか?

ボーア戦争やソ連ポーランド戦争の騎兵の活躍は兵士の密度が低かったためである。これは言い換えれば人口密度が低く徴兵が不十分で、兵士が前線を十分カバーできないことによる。この条件では騎兵は容易に哨戒線を突破・浸透し背後に回ることが可能である。そして、水や糧秣が入手できれば相当の期間活動できる。これがパルチザン戦法である。従来の戦争でも騎兵が最も活躍したのは、両翼の先端部分の迂回である。パルチザン戦法では浸透する方法で正面を突破し、迂回戦術と同じ効果をあげられることになる。

そして歩兵防御側から見れば、騎兵の速度と同一で同数以上の歩兵を局所に集中できればよい。そこで衝突が起きれば、歩兵のものである。ウッドは槍の有用性を指摘しているが、そこまで言っては実際的でないのだろう。

要するに騎兵はライフル出現以降、槍をもとうがカービン銃だろうが、正面衝突時歩兵の敵ではない。そしてライフルでなくともマスケットでも火縄銃でも騎兵は弾幕射撃には勝てなかったのだ。すなわち近代の騎兵戦術の利点は馬の巨躯を利用したり、刀槍で敵を倒すのではなく、その機動性にある。その意味で騎兵の敵はライフルでなく、鉄道と自動車である。


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各国の小銃
スナイドル銃