ルーデンドルフの1918年1月25日付け訓令=将来の攻勢に関して


ルーデンドルフはカイザー戦に関し次のような訓令を発し訓練の準備を指示した。

各級指揮官は次の諸点に注意すべし

  • 攻撃師団が1日の間戦闘した後は、他の師団により交代されると言う観念は放棄されねばならない。歩兵は戦術的配置を巧妙に実施し数日間連続して攻撃を実行しかつ長距離を前進する必要がある。
  • いかなる場合においても攻撃は8キロメートル以上敵陣地に突入し、各種の敵の防衛設備を排除し、敵の砲兵陣地に進入して更に超過する必要がある。
  • 攻撃成功の要素は単に最初における軍の配置・展開が巧妙であることによらない。その時々の情況に適合する戦闘指導による。このことを各級司令官に了知させること。わが軍の攻撃法はこの点で従来イギリス軍の攻撃法とは差異がある。

    すなわちイギリス軍の戦法は柔軟性を欠き移動弾幕の効果を過信して歩兵は終始弾幕の後方に前進することに慣れていた。一度弾幕が途切れると攻撃精神を喪失した。

    このような指揮は機能が停止していると言うべきでイギリス軍の失敗は指導および統帥が機械的に過ぎた結果である。
  • 機動戦および陣地突破戦いずれかにおいても弾幕射撃が開始されたならば上級指揮官は常に大隊長および中隊長に独断の余地を与え指揮運用の妙を発揮させなければならない。

    下級指揮官の行動はしばしば戦闘の運命を左右する。
  • 高級指揮官(軍司令官・軍団長・師団長)は兵力の節約および正当なる戦略予備隊の用法に関し重大なる責任がある。一般に攻撃が堅固なる拠点または支しょう点のため阻止された部分に戦略予備隊を注入することは徒に損害を招くことになりかねない。むしろ戦略予備隊は攻撃が進捗した正面あるいはこの隣接地区において抵抗する敵の側面または背後をつき包囲しうる方面に使用する必要がある。

    この注意は軍団長もしくは軍司令官の予備たる第二線または第三線師団が戦場に到着し新たに所望の時期に戦闘に加入するに当り、適用される。

    戦略予備隊の過早の使用は爾後の攻撃力を消耗し、突破完了の前に攻撃を停止することになりかねない。しかしながら一方において不利な戦況を挽回し戦果を拡張しかつ攻撃を続行するため戦略予備隊を使用することも各級指揮官の責務である。
  • 指揮官の位置は重大なる関係を有する。軍団司令部は戦場に位置する必要があり師団司令部は更に前方に進出する必要がある。
  • 突破戦の成否は一に野砲および重砲が所望の時期に豊富なる弾薬を以って戦闘の進捗に追随しうるか否かにかかっている。車両式軽迫撃砲も同様の価値がある。弾幕はわが歩兵が敵の第1線に突入した後移動を開始し、その速度は歩兵の前進速度に基づき修正されねばならない。

この時点でルーデンドルフはイギリス軍の第3次イープル戦をイギリス軍の攻撃失敗と理解しそれに代わる方法としてフーチェル戦術の導入を要求した。これに基づいて第一線師団は順次後方に下がり、突撃隊の編成と訓練を開始した。

この訓令は一目でわかる通り、純軍事的なもので士官学校の教則に類したことを述べている。つまりフーチェル戦術の実施方法、これまでのドイツ軍事学の誤っている点の指摘(当初配置の硬直化・強化地点の反復攻撃)、戦略予備の投入方法などである。

また砲術に関してはイギリスの這う射撃を真似ようとしているが、これはブルフミュラーの手により修正された。フーチェル戦術では歩兵の速度を予め予想することは不可能なため、這う射撃はなじまない。

この下級司令官への独断専行推奨は昭和陸軍に大きな影響を与えた。

ルーデンドルフのこの訓令は攻勢作戦実施のための準備である。この時、各級指揮官や兵士はこのような平時の歩兵操典の練り直しの話を聞きたかったのだろうか?この攻勢によってドイツは何を得ることができ、何を失う可能性があるかを聞きたかったのではないか?

それでは、このフーチェル戦術を中軸する歩兵戦術に対し、フランス軍はどのような準備を行っていただろうか?

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