石井菊次郎の訪米


1917年8月に行われた特命全権大使石井菊次郎の訪米は、驚くべき事件だった。というのは、これ以前も以降もアメリカにこれ程歓迎された旅行はまずないと思われるからである。

1917年にアメリカが参戦を決定した後、連合国とりわけ英仏は、これによって、西部戦線の戦局を転換できるものと期待した。

フランスはジョフル、イギリスはバルフォアを派遣しアメリカの支持を取り付けるのに腐心した。アメリカは、日本が使節を送ってこないことに不審を抱き、重要人物の訪米を招請した。

日本政府は前外務大臣子爵石井菊次郎を全権特使として訪米させることを決定した。アメリカの朝野を挙げての歓迎は外国人にたいするものとしては空前のもので、ジョフルやバルフォアへの歓待を上回るものだった。これは、英仏がいわば頭を下げてアメリカの参戦を依頼したのに対し日本にはそのような弱みがなく対等の立場だと言うアメリカ側の認識があったに違いない。

また注意しなければならないのは、同盟国のイギリスは別にして、アメリカは日清・日露の両戦争で日本に対しヨーロッパ各国とは違う態度をとっていることであり、また日本には好ましいものだった点である。

パレオログのみた日露戦争の開戦原因   

ただアメリカにはヨーロッパ各国に先駆けて日本を発見したという自信があり、またこの古代からの帝国を味方につけることは道徳的、文化的な意味でヨーロッパ諸国にたいし誇りうることだったに違いない。

次は石井がアメリカ上院で行った演説である。あまりにも戦間期日本の対米政策のトーンと異なり、現在と近いことに驚かれるだろう。

1917年8月30日上院議事録から

大統領および合衆国上院の議員諸君、私にこのような席で演説する名誉を与えて頂いたことに深く感謝する。我々は合衆国の法の作成部門が高い名誉と誇るべき伝統があることを知っている。

丁寧な招待を受けまたこの高貴なる部門で演説を行う時間を与えられたことは重大な責任であると考えている。しかし責任を過少評価はしないし、また避けたりすることもない。

しかし乍、私は決して上手ではない言語を使用しており、また思想の練達なリーダーではなく、議論や演説のマスターでもない。

それでも私は日本人全てが、この力のある国が、我々の文明の狂気の破壊者にたいし抗戦を決意したとを深く歓迎し喜びとすることをこの機会を通じて伝えたい。我々は貴国が一時的な衝動によらず、深い忍耐のあと戦いに参加することを決意したことをよく知っている。そして、人権が野獣的な力に屈服すべきだと伝統的に考えている国家によって培われた軍事独裁権力の暗い影による侵略の恐怖から世界を解放すべきだと決心したことを。

我々にとり、この巨大な戦争にあなたがたが連合国側にたって参戦する事実はすでに共通の大義への偉大な道徳的勝利を意味する。我々にとって共通の大義とは正義と公平であり、弱者にとり強力であり、小者にとり偉大でなければならない。

我々、日本はアメリカの人権への理想を理解している。そして深い敬意をそれに払う。あなたがたの(民主党の?)ジェファーソン大統領はアメリカ共同体の理想を暴力での支配を否定することに置いた。そして人民の自由な意志の表明に置くべきだとした。ジェファーソンはアメリカ人を機関銃の銃口の前の無力な人々としてではなく、自由で独立した集団としてみなした。このような人々こそが外国からの侵略と内側の陰謀にたいし結合して戦うことができる軍事力として信頼しうるのだ。

ジェファーソンは人間の集団を善意と純粋な愛国心で導かれていると考えた。人々は自分の才能を生かし、自分の領分で独自の道を行く。機械で作られた国ではなく、生きて成長する組織である。そしてある情熱によって支えられている。自由である。

私は諸君に保証する。日本人の国民的生活は最近の分析では決してあなたがたと隔たったものではない。我々は自分の国を巨大な家族だとみなしている。それは軍人の専横な力で結合しているのではなくて自然に発展した力によるものである。

我々はこの力を天皇や家族にたいする忠誠心と呼ぶ。それは我々からすればアメリカ人の自由や国旗にたいする忠誠心と同じものである。

自身の責任について無自覚な忠誠心は別の名前では奴隷根性である。相互の人間愛を無視し、また他人の権利を無視した自由は最終的には無秩序となる。これら二つの情熱、忠誠心と自由は実は一つのものではないだろうか。我々の内なるものへ真実でありたいとする欲望と我々にとり至高かつ最良なものへの希求へ実現させようとする力ではないのか?

あなたがたはアメリカ人でなければならないし、我々は日本人でなければならない。しかし我々の敵は国家の自由と個人の自由を決して認めようとしない。敵は全世界をドイツ的なものにしようとしているのだ。始めあなたがたは敵はそのような事を考えてはいないのではないかと希望的にみた。しかしこの高貴な希望は裏切られた。そして賞賛すべき忍耐は消耗しつくした。

その時あなたがたは問題に直面することをためらわなかった。過去からそして現在も自由を愛するアメリカ精神は、平和より正義を、命よりも名誉を重んじることを決意した。

我々は条約が存在するゆえに武器をとることを決意した。我々にとり条約は紙切れ1枚( *a scrap of paper)ではない。我々は利己的な動機または考えられないような野望を実現させるために参戦したのではない。

我々は交戦中であり、その戦いをやめることはない。なぜならば国家としてもまた国民としての戦いの大義の正当性を信じているからだ。そして完全な勝利なくしては正義にもとづく、名誉ある、恒久の平和は来ないと考えているからだ。大義が実現することにより、全ての人間にとり平和な世界が訪れ、あらゆる国が恐怖にさらされることなく、使命を果たすことが可能となると思う。

大統領また議員諸君、我々にたいする一知半解の批判が何であれまた金で雇われた者の誹謗がどうであれ日本を判断する際には、ただこの偉大な国を導いてきた精神のみに従って欲しいとお願いする。我々の隣人友好関係を阻害しようと企んでいる者は、多くの事が記録されなかったり、また表面に出ないことをいいことにして、この世界の危機を利用しようとしている。

しかし我々はベストを尽くしていることに満足している。この膨大な作業のなかで、我々は肩を揃えて、確かな勝利に向けて一緒に動いている。アメリカと日本は多くの点で助け合えるはずだ。我々には共通性があり、一緒にやれるはずだ。これが私が派遣された理由であり、また今日ここで暖かく迎えられている理由だと思う。

両国の緊密な共同行為、あらゆる人間活動のうち最も高貴で、神聖で、試練に耐えねばならないもの、正義と公正のための武力行使が、より密接で深い互いの信頼、永久に続く友情の親密なきずなをもたらすことを、私は誠実に信じる。

ありがとうございました。

*ドイツ首相ベートマン・ホルベークがイギリスのドイツに対する宣戦の理由が、ベルギーの中立侵犯だと知り、イギリス・ドイツ他5カ国とベルギー間の中立保護条約をa scrap of paper(紙切れ1枚)だと表現したのにあてつけたもの。巧みな比喩となっている。

外交官その後

この演説はもちろん建前であり本音ではないのかもしれない。しかしこれは一国を代表するものが一国の見解を述べたものである。演説の英語はアメリカ英語が使われており、当時の外交官世界では珍しい。アメリカ人外交官もヨーロッパではイギリス英語またはフランス語を使っていた。おそらく日本の大使館がお雇い外人を使って作文したと想像される。

この見解に真っ向から対立するものとして、近衛の、英米よりの和平を排す、と言う論稿がある。近衛はマルクス主義に影響されており、貧しい国は暴力をもって他国を支配下に置くことが正当化されると説いた。

近衛の英米本位の平和主義を排す

この当時、ワシントンの大使館には広田弘毅と松岡洋右がいた。この演説のわずか19年後、日本は日独伊防共協定に調印する。この演説の推敲に追われたに違いない二人が、なぜ原則を易々と崩したのだろうか。


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