ヒトラーの経済学 ヒトラーは国家財政については、自信がないとして銀行家のシャハトに任せたときがあった。財政・金利政策また貿易管理について実践的な知識は経験上持ち得なかっただろう。しかし経済学のうち、経済原論または経済哲学は『わが闘争』である程度のページを割いて、論述している。この経済原論というのはマルクスがアダム=スミスの労働価値説に基盤をおいて展開したもので、価値(サービスまたは商品を金銭で表示したもの)が商品等を提供するための総労働時間に等しい、という公理に沿っている。
そしてマルクスは総売上高から総労働時間への対価(労賃)プラス経費を引いた金額について資本家が超過利潤を得ている、という結論を導き出す。そして市場で価格が変動しても長期的な平均では支払い人件費プラス経費より高く売れるはずだ、すなわち価格はコストプラス適正利潤が確保されるはずだ、と説く。
結論だけ言えば統計的にこれは全く立証されていない。この超過利潤は個々の企業のコストが長期的・短期的に違ううえ業界によって様様なのである。もちろんドイツ経済哲学はこういった統計的処理を自分が使うぶんは認めるが他人には認めない。少なくともリスクの量によって資本の期待利益率は異なると思うのだが。
ドイツ的思考法では、この経済原論が大きな地位を占める。いわゆるマルクス経済学である。
『わが闘争』では、経済原論は第8章の後段突然ミュンヘン革命の説明の直後に現れる。ヒトラーは従来から経済原論に興味をもっていたが社会問題(労働問題)の範囲に止まっていた。ところがその時、経済原論が外交政策(同盟政策)と関連があると考えなおした、と自ら説明している。
労働価値説に基礎を置く経済原論というのは、目的は労働者に搾取されているのを自覚させ、反乱を起こさせたいというマルクスの願望からきているもので、外交とは一番関係がないようにみえる。ヒトラーはどのように考えたのか。
『わが闘争』のこの部分は極めて難解で、あるいはヒトラー自身が完全に理解しないうちに書かれた可能性もある。しかし素直に論理を読み取れば次のようになる。
1. 労働価値説を正しいと認める。
2. すると資本(エクイティと借入金の合計)は労働の成果である。
3. 結果として一国の資本は国家の大きさ・自由度・力に依拠することになる。
4. これは資本が国民に依拠していると言うのと同じだ。
5. 資本の側からすれば増大を目指すのだから、国家と国民の発展を助ける必要がある。
6. これまで国家は資本の自由と労働者の権利保護に限定した政策で十分としてきた。
7. だがゴッドフリードフェーダーの講義で違う認識を得た。
8. すなわち資本には2種類ある。
9. 投機的資本と健全資本の二つである。
10. 投機的資本とは国際的な株式資本と貸付資本である。
11. 健全資本とは国内の銀行預金をさす。
12. 投機的資本は国民経済とその投機性から相対立する。
13. ゆえに民族的自己保存からドイツ経済の国際化に反対する必要がある。
14. 困難な闘争は敵性民族でなく国際資本に向けられなければならない。
15. 国際資本(金融資本と貸付資本)は戦争の扇動者である。
16. 戦争の扇動者にとどまらず平和なときでも地獄に化そうと狙っている。
17. ユダヤ人マルクスの意図はドイツ社会民主党を通して国際資本の支配地盤を準備することだ。これで(マルクスの)資本論をよく理解できることになる。マルクスの労働価値説が現実経済ではなんら普遍性をもっていないと信じるなら、この論証の正否は問う必要がない。だが1から6はマルクスの主張する国民のなかの階級を無視すれば、資本論の論理的帰結かもしれない。
7から13はフェーダー説だが、オリジナルの説は資本のリスク性の議論ではないか。すなわち資本(ハードカレンシーでの金銭)は国境がない。また投資判断はリスクとリターンで行われる。そこには一国への愛情はない、と言うものだ。
またフェーダーは読者に強いインパクトを与える利子奴隷という言葉を多用した。利子支払いのため働くことは中世の奴隷労働と同じだと主張した。奴隷は自由な意思に基づかない契約によって拘束されているので論理にならないが、交渉の場を設けずに決められたベルサイユ条約を連想すればなんらかの説得力を持ったのだろう。ただヒトラーは利子奴隷なる扇情的文句を熱心に受け入れたとはいえない。
ヒトラーは外国からの直接投資や間接投資を受け入れることが、その移動性の高さから危険だとみなしたのだろう。実際は直接投資は脱出できず脱出は外国人の損失を意味する。また間接投資では長短に違いがある。長期は期限の利益があるからタイミングの良い脱出は不可能である。もちろん困難な時、債券では単価が下落し、新規の債券発行に問題は生じる。しかし買い入れ償却をすれば外国人の損失・発行者の利益である。ヒトラーの論点はゆえに間接・短期に限られる。
ところが14・15はひどく唐突である。いきなり国際資本の好戦性を説いている。普通に考えて、外国資本を取り入れることによる流動性への危険性は了解したとして、外国資本が戦争を愛好するとは了解できないだろう。
この議論はレーニン・ホブソンの帝国主義論に基づいているのではないか。それ以外にそれまで戦争が対外間接投資と関係があると説いた論は存在しない。
16はおそらく獄中でドイツのハイパーインフレーションをみての後予想だろう。
17でマルクスを引用しているが、ここでは自らの論理が前提でマルクスに依拠しているのに拘わらず、非難している。まあ無理もないところか。そして直接にはこの段階では述べていないが国際資本がユダヤ人に牛耳られていると主張する。
外交的基盤はそれゆえ敵性民族(フランス人を指すか)でなく国際資本打倒に求められる。そして共産主義・社会主義がユダヤ人のもとにありまた同じくユダヤ人の国際資本(直接・間接)打倒にむけられるべきだとする。
こうしてみるとヒトラーの主張は、マルクスとレーニンのアイデアにユダヤ人批判を接木したものだと分かる。フェーダーの論は本論と直接結びついていない。本論は労働価値説と国際金融資本=戦争扇動者論である。
このマルクスやレーニンの主張の取り入れは大戦前・大戦中とは思えない。とくにレーニンの帝国主義論は大戦後ドイツに入ったのではないか。このようにヒトラーの説く経済学からみるとヒトラーの思想形成はミュンヘン革命のさなかになされたとみるべきだろう。
また大半の読者はヒトラーの結論、国際金融資本(英米のマーチャントバンクまたはインベストメントバンク…ゴールドマンサックス社やSGウォーバーグ社)が戦争を扇動すると言う説を荒唐無稽なものと受け取るだろう。だが1932年の日本共産党機関紙赤旗(セッキ)印刷版第1号では「金融資本に指図された反動的軍部の戦争策謀を粉砕せよ…」と主張されている。これもホブソン=レーニン主義の公式に即したものだ。さすがに当時の共産党員も日本の軍部が英米のマーチャントバンクなどに指図されているとは言えなかったのだろう。実際にはその事実がホブソン=レーニンの帝国主義論が誤りであることを証明しているのだが。
マルクス・レーニンそしてヒトラーは事実を自分の党派・組織的主張から歪めて考えてしまう人々である。それは誰にでもあることだが明白な事実を以って反論されても、撤回または修正することが出来ないと言う致命的な欠陥をも同時にもっている。
20世紀戦争を開始した人々は、こういった誤りを認められない人々と同じく自己の属する組織を絶対化する官僚に求めらる。第1次大戦前、戦争を開始する可能性のあるのは官僚組織とプロイセン軍官僚組織だと新カント派の人々は正しく指摘した。スターリンに追随する人々は新カント派がヒトラー主義の母胎となったと、いわずもがなの批判を行った。誤った主張でも政治権力を掌握できるという恐ろしいが簡単な事実がここにある。
参考
アドルフ・ヒトラー わが闘争(上・下) 平野一郎訳 角川文庫 1973
Feder, G., Der deutsche Staat auf nationaller und sozialer Grundlage, Munchen, 1923