カイザー戦第1次攻勢ドイツ軍歩兵師団の戦闘序列

この時ドイツ軍は3個軍を編成し、更に通常の配備に加え大幅に師団数を増強させた。ドイツ軍はこの時、大部分の師団を3単位編制にしており、1個師団は1万5千人程度である。しかし、約100km幅に76個師団を集中、これは人類史上最大の密集した歩兵集団であり、この後も破られていない。

対する、イギリス軍は2個軍36個師団が守備していた。そして、そこは従来攻撃を受けたことがなかった地点であり、完全な奇襲が達成された。イギリス第5軍は粉砕された。しかし、誰もが信じられないことが起きた。ビンのイギリス第3軍がドイツ軍の猛攻を首の皮1枚で防ぎ、そしてドイツ軍全軍は五日の連続攻撃、前進ののち突然停止した。前進しようにも槍の穂となって突進した突撃隊には食料・弾薬を五日間しか準備していなかったのだ。そしてフランス軍の戦略予備隊が到着、戦線はそこで膠着した。

表は軍団ごと配置で北から南である。また軍団のなかは一線級、二線級、三線級の順である。

第17軍 Otto von Below
第18軍団 Albrecht
第111師団 第73連隊 ハノーバー
第76連隊 ハンブルグ
第164連隊 ハーメルン
第221師団 第41連隊 東プロイセン
第45連隊 東プロイセン
予備第60連隊 ワイゼンブルグ・ロレーヌ
第234師団 第451連隊 ブランデンブルグ・プロイセン領ザクセン
第452連隊
第453連隊
予備近衛第2師団 第15連隊 ミンデン
予備第77連隊 セル
予備第91連隊 オルデンブルグ
第239師団 第466連隊 ヘッセン
第467連隊 チューリンゲン
第468連隊 ヘッセン・ナッソウ
予備第6軍団 von dem Borne
第17師団 第75連隊 ブレーメン
第89擲弾兵連隊 メクレンブルグ
第90狙撃兵連隊 ロストック・ウィスマー
第195師団 第6猟兵連隊
第8猟兵連隊
第14猟兵連隊
予備近衛第1師団 予備近衛第1連隊
予備近衛第2連隊
予備第64連隊 プレツナウ
バイエルン第5師団 第7連隊 バイロイト
第19連隊 エルランゲン
バイエルン第21連隊 フュルト
予備第14軍団 von Lindequist
近衛第3師団 近衛狙撃兵連隊 ベルリン
教導連隊 ポツダム
第9擲弾兵連隊 ポンメルン
第20師団 第77連隊 ハノーバー
第79連隊 ヒルデシャイム
第92連隊 ブランズウィック
第39師団 第126連隊 ウュルテンベルグ
第132連隊
第172連隊
第11軍団 Kuehne
予備第24師団 第104連隊 ケムニッツ
第107連隊 ライプチッヒ
予備第133連隊 ツビッカウ
予備第53師団 第241連隊 ザクセン
第242連隊
予備第243連隊
第4師団 第14連隊 ポンメルン
第49連隊
第140連隊
第2軍 Georg von der Marwitz
予備第39軍団 von Staabs
予備第16師団 第29連隊 トリエール
第30連隊 ザールルイス
予備第68連隊 コブレンツ
予備第21師団 第80連隊 ビーズバーデン
予備第88連隊 マインツ
予備第87連隊
第13軍団 von Watter
第27師団 第120連隊 ウュルテンベルグ
第123連隊
第124連隊
第107師団 第448連隊 プロイセン領ザクセン、ハノーバー
予備第52連隊
予備第232連隊
第183師団 第184連隊 プロイセン領ザクセン
第481連隊 ヘッセン
予備第440連隊 ハノーバー、オルデンブルグ
予備第54師団 第246連隊 ウュルテンベルグ
第247連隊 ザクセン
予備248連隊
第3海兵師団 第1海兵連隊
第2海兵連隊
第3海兵連隊
予備第23軍団 von Kathen
第18師団 第31連隊 アルトナ
第85連隊 レンズブルグ
第86狙撃兵連隊 フレンスブルグ
予備第50師団 予備第229連隊 ハノーバー、ブランズウィック
予備第230連隊
予備第231連隊
予備第79師団 予備第261連隊 プロイセン
予備第262連隊
予備第263連隊
予備第9師団 予備第6連隊 ポーゼン
予備第19連隊 ラオバン
予備第395連隊 ポーゼン
第13師団 第13連隊 ミュンスター
第15連隊 ミンデン
第55連隊 デトモルト
第199師団 第114連隊 バーデン
第357連隊 ポンメルン
予備237連隊 ラインラント
第14軍団 von Gontard
近衛第4師団 近衛第5歩兵連隊
近衛第5擲弾兵連隊
予備第93連隊 デッソウ
第25師団 第115親衛隊連隊 ダルムシュタット
第116連隊 ギーゼン
第117親衛隊連隊 マインツ
第1師団 第1擲弾兵連隊 ケーニヒスベルグ
第3擲弾兵連隊
第43連隊
第228師団 第35狙撃兵連隊 ブランデンブルグ
第48連隊
予備第207連隊
第51軍団 von Hofacker
第208師団 第25連隊 ラインラント
第185連隊 バーデン
予備第65連隊 ラインラント
第19師団 第74連隊 ハノーバー
第78連隊 オズナブリュック
第91連隊 オルデンブルグ
後備近衛師団 近衛第6連隊
近衛第7連隊
第299連隊 プロイセン
第18軍 Oskar von Hutier
第111軍団 von Luettwitz
第28師団 第40連隊 バーデン
第109親衛擲弾兵連隊
第110擲弾兵連隊
第88師団 第352連隊 シュレジエン
第353連隊
第426連隊 ハンザ都市
第113師団 第36狙撃兵連隊 ザクセン
第66連隊
予備第32連隊
第5師団 第8親衛擲弾兵連隊 ブランデンブルグ
第12擲弾兵連隊
第52連隊
第6師団 第24連隊 ノイルッピン
第64連隊 プレンツナウ
第369連隊 ブランデンブルグ
第206師団 第359連隊 ブランデンブルグ
第394連隊 シュレスウィッヒ・ホルシュタイン
後備第4連隊 ハノーバー
第23師団 第100親衛擲弾兵連隊 ザクセン
第101擲弾兵連隊
第108狙撃兵連隊
第9軍団 Ritter und Edler von Oetinger
予備第45師団 予備第210連隊 ポンメルン
予備第211連隊
予備第212連隊
第50師団 第39狙撃兵連隊 ウエストファリア
第53連隊
第158連隊
近衛第5師団 近衛第2連隊
近衛第3擲弾兵連隊
第20連隊 ウィッテンベルグ
第231師団 第442連隊 プロイセン
第443連隊
第444連隊
近衛第1師団 近衛第1歩兵連隊
近衛第2歩兵連隊
近衛第4歩兵連隊
第18軍団 von Werern
バイエルン第1師団 バイエルン第1連隊 ミュンヘン
バイエルン第2連隊
バイエルン第24連隊 下フリースラント
第36師団 第5擲弾兵連隊 東プロイセン
第128連隊 ダンチッヒ
第175連隊 プロイセン
第238師団 第463連隊 ハンザ都市
第464連隊 シュレスウィッヒ
第465連隊 ハノーバー
第9師団 第7擲弾兵連隊 下シュレジエン
第19連隊
第154連隊
第10師団 第6擲弾兵連隊 ポーゼン
第47連隊
第398連隊
予備第7師団 第36連隊 プロイセン領ザクセン
第66連隊
予備第72連隊
予備第10師団 第37狙撃兵連隊 クロトシン
予備第37連隊
第155連隊 オストロウォ
予備第4軍団 von Conta
第34師団 第30連隊 ザールルイス
第67連隊 マジブルグ
第145国王連隊 ロレーヌ
第37師団 第147連隊 リック
第150連隊 アレンシュタイン
第151連隊 ゼンスブルグ
第103師団 予備第32連隊 マイニンゲン
予備第71連隊 エルフルト
予備第116連隊 エッセン
第33師団 第98連隊 ロレーヌ
第130連隊
第135連隊
ガイル集団 von Gayl
後備第13師団 後備第15連隊 ウエストファリア
後備第60連隊
後備第82連隊
予備第47師団 予備第218連隊 ポンメルン
予備第219連隊
予備第220連隊
第223師団 第144連隊 ロレーヌ
第173連隊
後備第29連隊 バーデン
第211師団 予備第27連隊 ハルバーシュタット
予備390連隊 プロイセン領ザクセン
予備第75連隊 ブレーメン

(注)ドイツ語/日本訳対照表

Guard,Gard 近衛
Leib, Leibgarde 親衛隊
Grenadier 擲弾兵
Lehr 教導
Fusilier,Schuetzen 狙撃兵
Landswehr,Ersatz 後備
Jaeger 猟兵
Foot 歩兵

訳は原則として旧軍が与えたものに従った。ただ不思議なことに旧軍はこれらの名称をほぼ自軍には与えていない。近衛などは平安朝から伝わったものだし、後備という訳も予備の延長線上である。ところがドイツ語のオリジナルの意味は民兵また代用兵であり後備とは似つかわしくない。ドイツ軍の初年兵は全て、擲弾兵とか歩兵と呼ばれていた。

ドイツの連隊は、近衛兵、海兵、猟兵を除いて、地名が冠せられる。ここでの地名は原則日本で伝統的に使われるものに従った。例えばドイツ語ではロレーヌはロートリンゲンで、ハノーバーはハンノーフェルである。

ただその地名に本営があるとは限らない。またまともな国は全て同じだが本営には前線部隊とは別に本部があり、補充部隊が待機しておりドイツの場合は前線部隊の輜重兵と補充部隊の輜重兵が交互に往来し補充と本部との連絡を行っていた。BEFの場合は海外派遣のためそれができず、本国から随時集団で補充兵が来着した。このため本国の訓練の進捗が遅れた時充足率は低下した。

連隊番号は100番以下が常備軍にあったものである。ところがドイツ軍は連合軍を混乱させる目的と地方ごとに番号をつける方法が異なっていたため、予備・後備がそのまま一線級二線級を示さない。ただ100番以降は常備軍にはなく、年次の新しい徴募兵で構成されていると見てよい。

ただし連隊本営のテリトリーが狭く人口が少ないと、新規徴募兵もオリジナルの連隊に回さざるを得ない。このためマイナーな地名のところは若い番号でも一線級を保つ。

ドイツ軍は戦巧者で、敵軍により殲滅的打撃を受けた部隊はあまりない。このため1914年の現役兵生き残りは1918年には全員予備役年齢となり更に補充も原則として予備役からだった。このため1914年の一線級が二線級に転落している。例えば全員ケーニヒスベルグ出身でタンネンベルグ戦で活躍した第1師団はこの時二線級だった。

一応一線級から突撃隊が編成された。つまり表では100番台以降の連隊である。

この第1次攻勢は失敗した。ルーデンドルフやヒトラーが言う1918年徴募兵の弱体化というのは、これら100番台以降の連隊が弱かったことを指す。ただルーデンドルフのフーチェル戦術(浸透戦術)はフランス軍も十分に予期していた。

近代的浸透戦術


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