Elan Vital がフランス軍事学の根本だった。この考え方をまとめたのはフォシュでその著書『戦争の原則』で概略が述べられている。ただフォシュはこれをフランス陸軍大学(Ecole
Superieure de la Guerre)で解説したが理解できる人間があまりにも少なく、また生徒のうち何人かはあまりの難解さに授業に出られなくなってしまったと言う。
Elan Vital は日本語に訳すのも困難である。「生死に係わる重要性をもつ鋭気」「攻撃精神」と直訳とは遠い表現になってしまう。この言葉は哲学者のベルグソンが与えたものである。ただ戦間期フランスに留学した日本の陸大卒業者は多いが、帰国後理解したうえで解説を加えた人間はいない。むしろ、内容はアメリカに伝わり海軍関係者が英語でより平易な説明を聞き、海軍大学で教えたことにより日本に伝わった。
ここでの説明もアメリカ人の理解による。
戦争とその勝敗
- 戦争の勝敗を決定するのは総司令官の意識である。すなわち一方の司令官が敗北と認識することにより勝敗は決定される。
- 注意せねばならないのはこの総司令官とは一国の全統帥を掌握している者である。つまり野戦軍の指揮官でなく、多くの場合参謀総長だろう。
- 敗北を認めないとは野線軍の指揮官と参謀総長が勝利する意思を保有し続けることにある。"Victoire c'est
la volonte."
- これを達成するには連続した攻勢意思を保有することである。これがElan Vitalである。
イニシアチブの重要性
- 攻勢に向かう意思とは考えることによって維持される。
- 考えることこそが、物質上の不利を跳ね返す源泉である。
- 予定とか規則は演習の時に有効だが実戦では役に立たない。予めたてた作戦を実施するだけでは考えることにはならない。
- 考えることとはイニシチアブを発揮することに余地を残すことである。このためにこそ準備(保険)が必要である。
- 野戦軍の指揮官は必ず考えて独断専行する力がなければならない。現場で「一体本質は何か?」"De quoi
s'agit-il?"と自問し回答を与える力だ。
準備(保険, Surete)の重要性
- 考える基礎としてまた自軍のイニシアチブを確保するための準備諸策が実施されねばならない。
- 最重要なものは索敵である。敵の配置を知ったうえで攻勢への作戦はたてられなければならない。
- 防御施設は次に重要で作戦計画の基礎をなす。
準備のための施策は多岐にわたるため割愛する。フォシュの考え方は大モルトケ・シュリーフェンに代表されるドイツ軍事学と反対の結論に導かれることに注意すべきだろう。また前半の部分を観念的だと批判することは簡単である。
ところが実際の戦争もそのように終結しているのもまた事実である。つまりルーデンドルフやヒトラーが敗北を認めたから大戦争が終結したのは厳然たる事実である。
ただ昭和陸軍は前半部分はとらず野戦軍司令官の独断専行を奨励し作戦要務令に記載した。ところが実例はタンネンベルグ包囲殲滅戦のフランソワ将軍の行動に依拠した。つまり昭和陸軍とくに皇道派はフランスに規範を置き、ドイツの戦例に従う傾向があった。一方事前作戦優先の思想=作戦課重視は残ったから、「いいとこ取り」なのだろう。
フランソワの独断専行と昭和陸軍
フォシュはフランスから戦争を仕掛けることはないと確信していた。この点がドイツ人の思考法と決定的に異なる所である。つまりドイツが自ら作戦を発動させたにもかかわらず自衛だと主張する普仏戦争のドイツ人の態度を認めることはできなかった。その上で、作戦計画は予め確定させるのではなく、敵が戦争を仕掛けてきた後に索敵による情報で立てるべきだと主張した。
19世紀後半と20世紀の日露戦争を除く大戦争は常にドイツが第1弾をうち、予めたてた作戦計画に基づいて行動した。これに対抗しようとしたフォシュの
Elan Vital の根底は侵略を受けた祖国への愛であって、ドイツ式の物質的欲望(領土拡張・自給経済圏の設立など)に基づく戦争動機に優ると確信していた。
フォシュにとり大戦争の基本は自衛戦争であり、領土拡張・賠償金・経済利権確保などの戦争は大国間で行われてはならないと考えていた。つまりフォシュにとってフランスが全てであり植民地など金銭に絡むものは大戦争の要素と見なさなかった。そして前提として戦争の基礎としての外交・同盟を与件として受け入れた。これは当然のようで当然でない。ヒトラーは、自分で自国を守れなければ、どの国もドイツを守ってくれない、とあくまで単独での安全保障を前提とした。
これもドイツ第2帝政からの形質遺伝であるが、フォシュから見れば「考えること」を放棄した自尊心の表白にすぎない。近世以降の大戦争は二つの陣営間の戦いであり、戦闘の結果同盟国が脱落しようが外交の結果だろうがそこに差はない。つまり事前作戦計画(シュリーフェンプラン)を実行することにより敵対国を増加させるなどは、そもそも(外交の)イニシアチブを喪失する所業以外の何者でもない。つまり同盟国との友情を確保することは戦争行為と変わることがない重要さを持っている。フォシュはパリよりもイギリスやベルギーとの友情を重視した。第1次大戦のドイツそして第2次大戦の日本は戦局の悪化と全ての同盟国の喪失が原因で敗北を認めた。
一方でイニシアチブを確保するために自国内で動員体制・防衛設備を準備することは奨励している。ただガムランのD計画は攻勢防御ではあるが、予断を持たないというフォシュの哲学に反している。
このフォシュの思想は難解ではあるが現在、大国の参謀本部組織・事前計画のあり方として概ね受け入れられている。
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エラン・ビタールとベルグソン
上の説明を一読してわかる通り、エラン・ビタールは非常に難解である。軍事的な意味については、それでもフォシュの概説から理解が不可能ではない。
また日本の哲学者はエラン・ビタールを「生の躍動」と訳すことがある。
ベルグソンはエランビタールの原義をキリスト教哲学から導いている。フォシュも恐らくそこからヒントを得ていると思われる。但し、ベルグソンの哲学自体難解であるうえ、理解するためにはある程度キリスト教哲学についての知識が必要である。
このため、これ以上立ち入ることはさし控える。内容はフランス人にとっても神秘的な難しさがあるようで、これを教義とする新興宗教が存在する。興味のある方は宗教本からの解説より直接原典に当られることをお勧めする。

Essai sur les donnees immediates de la conscience,
1889
Matiere et memoire, 1896
Le rire, 1899
L'evolution creatrice, 1907
L'energie spirituelle, 1919
Les deux sources de la morale et de la religion, 1932
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(別宮 暖朗)
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