攻勢防禦(縦深陣地戦術)


ペタンはそれまでローカルに行われていた複数の塹壕線や複数の斜交塹壕による防御を体系化し、訓令でその思想にもとづく陣地構築を要求した。

この方法は敵の衝力(前方に出る力)を利用し、両翼包囲の形に持ち込み、敵をして後退するほうが得策と思わせる(浮き足だたせる)ものである。その意味では古典的包囲、例えばハンニバルのカンネーに似ているが、ペタンがそこから着想を得たものと思えない。また塹壕線を複雑に構築し自然障害を考慮しながら主戦場を選択するなど土木工事の重要性を認識した点に優れる。西部戦線は開戦から3年半もの間、人的消耗戦の連続であり、人的被害を少なくした方が最後の勝利を得られるのは自明だった。人命が装備や工事で節減されなければならない。

左の図はその代表的な防御方法を図解したものだ。またこの防御法は従来になく防御線の深度をとったことから形状をとって縦深陣地戦術とも言われる。最深部まで最低でも5日歩兵移動距離、すなわち50マイルある。

実際の防御方法は次の通りである。

@敵が前進壕を本格的な規模で突破を図った。

A前進壕守備隊は持ち場で全滅するか、撤退することになる。これが予想されるため、前進壕守備隊を厚くはることはない。またこの救援のため予備隊を使用することもない。

B敵は更に前進し予備壕の突破を図る。

Cここでも守備隊は徹底的に戦うが、優勢なる敵の突破は避けられない。

D敵は戦果の拡大を図るため、森などの障害を避けながら、地域を拡大しながら前進する。

E前進壕・予備壕にいた味方の犠牲により時間を稼ぐことができた。戦略予備隊を斜交壕に貼り付けここで敵の前進を阻止する。さらに頂点で敗軍を収容し、斜交壕での守備隊を厚くする。

Fここで敵の前進への慣性を阻止できれば、敵のいる地帯は防御施設がなく、補給線も長くなっている。機をみて全面的攻勢移転に移れば、敵を両翼包囲する形となっているので有利な戦いが可能だろう。

連合軍はこの方法でルーデンドルフのカイザー戦に対抗し、続く攻勢移転=最終攻勢で勝利することができた。それでは、この方法は万能だろうか?

D計画

栗林忠道の電文


ペタンの1917年12月22日付け訓令に戻る
最終攻勢に戻る

フーチェル戦術
近代的浸透戦術
D計画
第2次大戦開戦前後の外交と戦略
エラン・ビタール