クーデター計画

稲葉正夫は他のクーデター参加者と異なり、かなり知っていることをGHQにペラペラと喋っている。これは奇異に聞こえるかもしれないが、稲葉とGHQの間に信頼関係があったからだ。GHQ歴史課はクーデター生き残り軍人の巣窟だった。

このGHQ歴史課という奇妙な存在について、雇われていた大井篤(1902〜1994、終戦時連合艦隊参謀)は「私を含めて同僚はみんな軍部出身。委員長格は元東大教授荒木光太郎経済学博士だったが、この人とて軍部支持者だったようだ。だから私の初稿は袋叩きになった。「これはGHQの公刊史だから私的な史料など重視し裏面史的なものとするのは誤りだ」とやられた。

このあと、大井は史実を追求すべきとのレポートをGHQ上層部に提出したが、終戦クーデター事件については8月15日は除外することになったという。

当時の官僚たちは、「GHQはいうような『オールマイティ』だと称する。だが、GHQの力のある職員は、日系アメリカ人と雇われた日本人であり、日本の官僚を頼り、右往左往する存在だったことが垣間見える。

稲葉は大井篤にクーデター計画について、次のように語った。
(日時:1949年10月13日 場所NYKビル G2歴史課室)

8月13日夜のクーデター会議

以上のようなわけで私どもは(荒尾、竹下と私、井田、畑中、椎崎等)はクーデター計画を樹てた。その案は大体次のようなものであった。
(1)使用兵力 東部軍及び近衛師団
(2)使用方法 天皇を宮中に軟禁す。その他木戸、鈴木、外相等々の和平派の人達を兵力を以て隔離す。次いで戒厳に移る
(3)目的 天皇に関する我が方条件に対する確証を取り付ける迄は降伏せず、交渉を継続する。
(4)条件 陸相、総長、東部軍司令官、近衛師団長の四者一致の上であること。

稲葉はこの案をもって、13日2000時、その日の紛糾した閣議の直後大臣官邸に行った。荒尾、竹下、稲葉の三人の予定だったが、井田、椎崎もついてきた。その場で阿南はバドリオ派の陰謀について語ったという。

戦後になっても、クーデター軍人のうち生き残った4人(荒尾・竹下・稲葉・井田)はしばしばバドリオ派について語っている。このバドリオ派とは米内海相のグループを暗示し、そのうちに昭和天皇も入っていると認識されていた。だが、このような史実は全く存在しない。

そのうえ阿南は、バドリオ派=途中講和派という認識ではなかった。すなわち、阿南にとりバドリオ派とは米軍と密通していたグループを指していた。だが、米内がそのように米軍と連絡をとっていた形跡はない。むしろ、共同謀議の席上で縷縷述べたバドリオ派とは、実は、自分達のことではなかろうか。すなわち、昭和天皇の首を米軍に差し出して、米軍に降伏し、少しでもよい降伏条件を得て、自分達が権力を握ろうとしたのではないか。

稲葉は、「8月14日朝梅津参謀総長が拒否、クーデター計画が流れそうになったので、参謀本部作戦課に捻じ込んだところ、細田煕大佐が総長に面談意向を確かめたら『総長は反対ではないんだ』ということがかった。『そうか、本当か』というので兵力使用案第二案を作成した。従前、反対していた佐藤裕雄戦備課長は今度は煽った。しかし、再度ご聖断はくだり、大臣の意図は動かせない」と思った。

このくだりについて、稲葉以外の証言はない。ただしクーデター共同謀議にも、中核8人以外も加わっており、また阿南自殺について次官らも同情的である。ただし、参謀本部は必ずしも稲葉のいうように好意的でなかった。兵力使用第二案は、いわゆるクーデターでなく、鈴木貫太郎私邸に放火するような「腹いせ行為」といった程度のものだろう。

こういったことについて阿南は否定的であり、鈴木貫太郎夫人が阿南に感謝したというのはそういった点である。鈴木貫太郎は家を焼かれ、また、クーデター軍人と異なり、米軍に雇われる手もなかったため、戦後生活が急迫し、昭和天皇から援助をうけている。

稲葉はあくまでも軽い男である。

竹下正彦の供述

井田正孝の供述

また、稲葉が昭和天皇ご家族に害意を抱いていたことは確実である。1949年10月13日尋問の締めくくりは次のようなものである。

「私どもは皇族方が余りに神経過敏になられたと感じた。原子爆弾が出現すると特にそうであった。元来皇太后陛下は大宮御所に厳重な防空壕を作って貰いたい御希望らしかったがそれを陸軍は認めなかった。宮中に立派な防空壕が出来ている。大宮御所は近いからイザという時にその宮中防空壕を使っていたがければいいと思ったのである。しかしそれが皇太后陛下の御逆鱗にふれているらしくみえた。三笠宮なども随分神経過敏になられて大臣をお叱りになったり色んなことをした。どうも原子爆弾で皇族方は随分動揺されたようにみえた。そしてそれが和平派の心底に強く動いているのではないかという僕らの観測であった」

宮中における防空壕の設置許可は『陸軍が認める』、三笠宮が阿南を叱ったのが、『神経過敏』だという。稲葉はあるいは米軍に追従したかったのかもしれない。だが、こういった卑しさは日本の高級官僚に特有のものである。つまり「自分の職」を保障してくれる上司(この場合、阿南)に命がけで追従しているのである。


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