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ドイツ東洋艦隊は日本の参戦を知り青島を脱出、南太平洋に向かった。イースター島に寄港し軽巡2隻との合流に成功し、マジェラン海峡を突破大西洋に出るべくチリ沿岸を進み石炭積み替えのためバルパライソに寄港した。
この時ドイツ艦隊は巡洋艦グナイゼナウ、シャルンホルスト軽巡ドレスデン、ライプチッヒ、ニュールンベルグの5隻から成っていた。
イギリスはドイツ海軍無線を解読しており、この艦隊をコロネル沖に待伏せることにした。本国から派遣された艦隊は巡洋艦グッドホープ、モンマス軽巡グラスゴー仮装巡洋艦オトラントで編成され主砲数で劣っていた。海戦史上待伏せ側が戦力で劣る珍しいケースである。ドイツ艦隊のうちグナイゼナウとシャルンホルストは艦齢が新しい艦であり、イギリスの対抗すべき艦グッドホープとモンマスとはやや違う建艦思想に立っていた。つまりドイツ巡洋艦はいわばポスト対馬型というべきだが、イギリス艦はそれ以前だった。
イギリス巡洋艦 名前 タイプ 完工 排水量トン 公試速度 砲 グッドホープ 装甲巡洋艦 1902 14100トン 23ノット 2×9.2インチ
16×6インチモンマス 装甲巡洋艦 1903 9800トン 22.4ノット 14×6インチ ドイツ巡洋艦 シャルンホルスト 装甲巡洋艦 1907 11420トン 23.2ノット 8×8.2インチ
6×5.9インチグナイゼナウ 装甲巡洋艦 1908 11420トン 23.5ノット 8×8.2インチ
6×5.9インチイギリス艦とドイツ艦の最大の違いはイギリスのグッドホープが連装砲塔を前に1基もつのに過ぎないが、ドイツのシャルンホルストとグナイゼナウは8.2インチの連装砲塔をそれぞれ2基もちかつ側面の上部甲板にも2門づつ左右にあったことである。グッドホープの時代には、巡洋艦は優速であるので接近戦にもちこみ副砲(といってもモンマスは副砲だけだが)で勝負に出るという思想にたっていた。
このため当時の巡洋艦には主砲はあっても艦橋の手前に連装砲塔1基または1門というのが普通だった。しかも船体の上部を厚くすると命中弾を浴びやすいため意図して副砲は舷側下部に設置された。しかしこうすると副砲は仰角がとれず長距離の射撃ができない。そしてどちらか一方しか射撃できず、かつ正面には射撃できない。
グッドホープ
主砲は連装1基で副砲は舷側に上下して配置されていた対馬では戦艦同士だが砲戦は主砲のみで決着がつき副砲が活躍できる範囲はあまりなかった。このためそれ以降建造されたドイツ艦には長距離の砲戦に有利なように主砲が多く装備された。しかし日露戦争以降対称的な戦争は存在せず、新式がよいのかそれとも以前のままでも巡洋艦同士の戦いであれば構わないのか第一次大戦が開始されたとき誰にもわからなかった。
イギリス艦隊はコロネルを出発し待伏せに出た。沿岸を航行するドイツ艦隊に対し西側から攻めることを考えた。それは敵は日没の太陽と目標が重なり射撃しずらいという目論みだった。
イギリス艦隊司令クラドックはグッドホープに座乗していたが、味方が勝つためには接近戦に持ち込むしかないと考えた。敵艦を見るとただちにオトラントとグラスゴーを先行させそして2万メートル(10.8海里)まで接近したところで引かせ、グッドホープとモンマスが真西から90度の角度で切り込んで行った。
これは複雑な操艦を要するが、ともあれ日没前後にはドイツ艦隊と盛んな砲撃戦となった。午後5時半シュペーは距離1万メートルまで敵が接近したところで斉射を命じた。イギリスはグッドホープの主砲しか射撃できないのに反し、ドイツの8.2インチ砲からは大量の砲弾が両艦に発射された。
イギリス巡洋艦2隻はアウトレインジされた。ドイツ側12門の8.2インチ砲とイギリス側2門の9.2インチ砲の戦いであり不利は免れない。
シャルンホルスト
主砲塔は前1基、後1基で、横から攻撃された場合砲塔の4門と舷側の2門を敵に向けることができる。
ただその場合、敵影は正面で狭く、自らは横に広がる。
実際には角度は距離によって異なるので、主砲の射程距離が重要な意味をもつ。日没後、クラドックの艦隊はむしろ太陽の残光の中シルエットのように浮かび上がった。
シュペーは方向をやや西向きに変え、同航戦のような形となった。その後南に転じ距離1万メートルは維持され、イギリス艦艇の副砲の射程距離の外にあった。砲戦1時間ののちグッドホープは艦橋が吹き飛び、火災に覆われた。7時50分後部煙突の下部で爆発が起こり、最早黒い塊のような状態となった。7時57分に沈没し、クラドックも含め乗り組み員は全員戦死した。
クラドック
その時モンマスも命中弾を浴び傾いていた。そして軽巡ニュールンベルグが近づき既に戦闘能力を失った艦に射撃を浴びせ9時18分撃沈した。波が高く救援活動は不可能でこれもまた生存者はいなかった。
シュペーは残る2艦を追跡したが日没のため不可能となり、バルパライソに帰投した。この戦いでシャルンホルストとグナイゼナウが受けた命中弾は4発にすぎずドイツ艦隊の圧勝である。またトラファルガー以来、英国海軍が経験した大規模な実戦であり、そして敗北だった。
この時イギリスの巡洋戦艦2隻がドイツ東洋艦隊を討ち取るため本国からフォークランドへ向かう途中にあった。本来クラドックはそれを待つべきだったのだろう。しかし同数の敵をみて逃げるようではイギリス海軍のモットー見敵必殺に反すると考えたに違いない。