ロシア軍はビルナとワルシャワに配置されていた9個軍団を全て前進配置として常時動員体制に置いていた。
この方法は、戦間期ヒトラー・ドイツが模倣した。日本軍も満州駐冊師団を常時動員体制としたが、これは植民地駐留軍と言う性格からだろう。
ただこの方法をとると常時戦時体制だから、兵士に対する将校の比率が少なくなる。平時これに対する対策を考慮しないと長期戦となると深刻な将校不足に悩まされる。また砲兵、輜重兵、通信兵などの専門兵は常時充足させるのが困難で至急、他の連隊から一時借受することになる。
ところがこういった専門兵科は、連隊毎に微妙に手法が異なるなど、実際の場面では齟齬を来たしやすい。
東プロイセン進攻の第2軍でこの欠陥が顕著に現れた。この時第2軍は、前線管理と言う新方式を採用、前線部隊参謀部の兵站総監が輜重部隊をコントロールしようとした。しかし誰も経験がなく大混乱に陥った。
その反面、動員開始後15日で国境を突破するなど、従来のロシア軍にない軽快さを示した。
ロシア軍の動員は、このように独・露・墺諸国と異なり、各要塞に常備された軍団が中心となる。ただロシアの鉄道は東西に敷かれていた。このため鉄道輸送は動員下令の際は、東から西への物資・人員の派遣が中心となる。そして当初は弾丸や食料など必要欠かさざるものに重点が置かれた。それだけでも大量となるが、南北に融通しあう事は困難で、北西軍と南西軍は自力で調達するしかなかった。
ロシア軍は6個軍を前進配置による急速動員、4個軍を通常の動員としたが、補充兵などは各軍団の策源地の予備師団に置いたため、予備師団自体が充足しないという問題を抱えた。これはロシアのような巨大な領土からの動員では避けられない事態だろう。
それでも新しい方法を試し、またガリシア緒戦の戦いでは完膚なきまでにオーストリア軍を撃滅したのだからロシア軍の底力を評価すべきだろう。また動員した10個軍は交戦各国中最大である。
そして誤解も多いが当時既に鉄鋼や石炭の生産量でロシアは英・独には劣るがフランスより多かった。またロシアは、それらの国より自給自足が可能な経済である。ロシアの問題は経済ではなく、行政とりわけその官僚機構にあり、その著しい非効率が兵站や銃後の不安を生じさせた。
ロシアは伝統的に中堅層の役人が量・質ともに劣った。また自ら企業を起こす人材にも乏しく、輸送・軍需工場ともに国営だった。これも当時の日・英・独・仏と著しい対照をなす。国営がゆえに大量の人員を抱え、運営は非効率、技術革新に遅れ、品質を維持することができなかった。とくに鉄道は酷使されたが、戦時中ほとんど機関車や他の車両の更新がなされず、あっと言う間に老朽化した。当時、他国も国営だったが、ロシア程徹底したものでなく半官半民の形を残し、日本も含め独立採算制をとっていた。
ロシア総動員についての日本での報道(1914年8月1日:東京日日新聞)
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