太平洋の分割

ドイツ領は、ニューギニア島東北部分(カイザーウィルヘルムランド)が主なものでビスマルク諸島を除き、小さな島嶼、サンゴ礁からなる。

赤道より北を日本、南をオーストラリアで分け合ったが、経済的価値(農業または工業に向く、または天然資源が存在する。漁業は成立するが海洋熱帯魚がとくに日本人の嗜好に合うわけではない)がある土地はない。日本海軍は基地設営、とくに航空基地設営に価値を見出したようだ。これもプロペラ機による基地航空の発想だろう。首都から国境線を遠くに設定した方が安全保障に役立つと単純に考えたのかもしれない。

実際1967年頃まで、アメリカと日本を結ぶ航空路線はサンフランシスコ=ハワイ=ウェーキ島=羽田というものだった。これはDC3型機というプロペラ旅客機によるもので、ジェット時代の幕開けとともに太平洋の島嶼はまた交通路として無価値となった。

誤解しやすいが、この地図はほとんど地球を4分の1に切ったようなものである。東京ーハワイ間はハワイーニューヨーク間にほぼ等しい。そして、東京とオーストリア大陸北端とほぼ等しい。またマーシャル諸島と東京の間も、それと等しい。日本はこの新たに取得した南洋諸島で単に海軍基地の整備に努めたのではなく、教育施設や公共施設の充実を図った。例えばサイパン島の上水道設備は日本が敷設したものがいまだに使われている。この動機はわからないが、国土の均衡のとれた発展だったのだろうか?

日本の植民地は財政としては常に持ち出しである。もちろん明治以降固有版図となった沖縄・北海道もこれと変わらない。


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