カイザー戦第2次攻勢

カイザー戦第2次攻勢はイギリス軍守備範囲を狙った。第3次イープル戦でイギリス軍はイープルからパッシェンデールまで進出したが攻勢は戦略上失敗に終わった。(地図上方)それに比べて、この攻勢により達成した幅と深度は圧倒的だ。

それでもこの攻勢のもつ意味は大きくはない。なぜだろうか。ドイツ第6軍は22個師団を集めて、ジバンシーからアルメンティエールの守備を担当していたポルトガル2個師団を壊乱させた。

従来ではこの戦線でこの規模で壊乱することは英独両軍ではなかった。成功にみえる。だが失敗なのだ。ドイツ第6軍は22個師団(50万人)を集めているが、この幅で50万人の軍を前進させることは不可能だ。選抜された10個師団が前進を開始した。ところがこの時この地域一帯は完全に破壊され月面のクレーターと変わりがなかった。砲撃以外の抵抗を受けずに、好調に前進した。が5、6日たてば野営を続行することは不可能で、交代および弾薬補給のため停止を余儀なくされる。

そこにイギリス第2軍とフランス総予備軍の3個師団が到着し攻撃をかける。ドイツ軍は停止した線で塹壕を掘り攻勢は終了する。すなわち第1線に有力な部隊がいればそれを捕捉できるからドイツ軍は戦果をあげることはできた。しかし弱体だが逃亡するのが早い部隊が守備していると、捕捉はできない。そのうえ前進に当たって前進壕後方からの砲火で被害は相応に受ける。

そして不要な突起部が残る。第3次イープル戦であれほどの犠牲を払ったパッシェンデール突起部はこの時自発的に放棄された。ドイツ軍の得たこの突起部も最終攻勢第1期で自発的に放棄された。

旧軍参謀本部は地形上、ケンメルリッジの取得が遅れたことがドイツ軍の失敗理由だという。ケンメルリッジはイープルを取り囲むリッジ群のうちリス川沿いで東へウィシャッテ・メシヌに連なる。このリッジの取り合いがイープル戦の特色で、フランスの戦略予備3個師団も第一にそこに配置された。だが全体からすれば木をみて森をみず、という気がするが。


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