ドイツ軍の複線防御

黒線はドイツ軍の1918年の最大進出線で、そこから自国国境まで4段階の防衛線が引かれていた。連合国は最大へルマン線まで進出しそこで休戦となった。自国国境に近づくにつれ、防衛線は短縮しており、防衛しやすいことがわかる。ただ防衛線の強度はヒンデンブルグ線が最も万全で、アントワープ=ムーズ線は川だけで、塹壕は準備中だった。

ドイツとすれば、最大のショックはヒンデンブルグ線をイギリス第4軍(ローリンソン)のタンクであっけなく突破されたことではないか。この時、イギリスはプリペットほか重戦車まで投入しており、ドイツの対戦車防禦網を無効にしたといわれる。この時、ドイツ兵は口径13ミリの対戦車小銃(!)でタンクに向かっていったが、イギリスのタンクも装甲を厚くしたため無効だったという。

ヒトラーはこの何線にも及ぶ防衛線を後になり批判した。(わが闘争には第1次大戦のときのドイツ軍の作戦についての批判は一切なく第2次大戦中将軍たちに語ったもの。)

すなわちこのように準備されている防衛線は兵士の逃亡心理を煽るというのである。この結果第2次大戦ではドイツ軍は後退に当たって目標がなかった。軍事戦略としてはどちらが正しいのだろうか。


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