兵頭二十八と別宮暖朗の往復書簡

TwentyEight & Inglenook

No

03/8/23・・・#32

別宮先生

 1955年当時の日本には、活版印刷しかありませんでした。黒い腕カバーとバイザーをつけたオッサンが白熱灯の下で鉛活字を1コ1コ、ピンセットで拾っていた。

 活版印刷は文字が紙よりヘコんでいますので照明の光線が反射せず、読み易いのですが、なにしろコスト高で、今では滅多に見られません。

 印刷用語で今も慣用します「ゲラ」という言葉は、この活字を2頁〜8頁分組んで四方を木枠で締め付けた「組み版」を“galley”と呼んだことから来ています。

 ちなみに、スペースの部分にも空白の活字を填めねばならないのですが、ときどき、その部分が飛び出したり、印刷機の力が加わってしまい、「=」のようなマークが印刷されてしまうことがよくありました。これは「クワタ」と呼びますが、語源は「クォーター」です。

 「ゴシップ」が「ガセ」に化けているのにも似た、日本近代の歴史を感じさせる用語でございます。
 また余談ですが、言葉を反転させる「符牒」、これはかつては犯罪者や下層庶民が使ったものでしたから、東京山の手の教養ある家庭では、子供が使うと叱ったものです。
 たとえば「ネタ」などという言葉を上層民が口にするのは憚るべきなんであります。「タネ」と言わねばなりません。

 お話を戻しますと、この活版印刷が、80年代後半に、鉛版の代りに「フィルム」を作る「オフセット」印刷になりましたことで、印刷出版業の人件費はとても合理化された。
 特にゲラ直しが簡単になったんであります。

 オフセット印刷では、インクが紙より盛り上がっていますので、光線がテラテラと反射して本文の文字は非常に読み辛いものがあります。

 このオフセットのフィルムと申しますのは、光学的につくりますが、カメラのフィルムのように光学的に印字するのではない。
 要するにリトグラフの石膏が、半畳ほどの薄く透明な合成樹脂シートになったものでして、膜面に光学的に微細なキズをつけ、その微細なキズに最初にインクを吸い込ませ、次に用紙に圧着させることで機械的に印刷がなされる次第であります。

 このオフセットがDTPと結び付きましたのが90年代。これで編集部の人員は、最低限度まで合理化されました。
 しかし『戦車マガジン』当時ですと、FDで入稿してくれる著者は少ないのでタイピストを外注しなければならず、しかも割付したデータをなんと8インチ・フロッピーに落として「写研」さんに持っていき、そこで印画紙に活字出力してもらって、その印画紙を持ち帰り、カッターとハサミで切ってスプレー糊で大きな台紙に貼り、それをこんどは印刷会社の営業マンに渡して、そこで写真にとって原版フィルムを作るという工程が必要だった。外注のコストが嵩んだんであります。

 それがなんと今ではMacから直接に印刷用の原版フィルムが作れるんであります。カラーもCRT上でぜんぶ加工できる。
 入稿以後の作業では、外注の必要がほとんどなくなりました。
 入稿もインターネットです。8インチ・ディスクなんて、見たことある人は少ないでしょう。(ちなみに記憶容量は3.5インチの2DDと同じなんですよね。あんなにでかいのに。)

 野生はむしろ、これでも6倍にもなっているのはなぜか、と考えるのです。もちろん、日本の労賃全体がベースアップしていることが最大の原因でしょう。

 それから、次のような事情もある。
 1950年代の本は万単位で刷りましたが、いまは千単位で刷るのです。とてつもなく「多品種・少量生産」になっている。これもコストを圧縮できない一つの要因でしょう。

 あとは、印刷所、取り次ぎ店、書店の人件費だと思います。著者が要求する稿料も、物価スライドです。
 取り次ぎ店のトラックが運んでいるのは、ほとんどが「売れない、返本される本」だということです。
 これだけの構造的なコスト・プッシュ要因があり、なお6倍強というのは、逆に物価の優等生かもしれません。

 では将来はどうなるか?
 紙はなくならないでしょう。冊子はとてもブラウジングし易い。これはPCでは代置は不能です。
 しかし書店はもう無理です。毎週数千点の新刊を、何年も前の分までぜんぶ並べておけるわけがない。消費者としては、欲する書籍が店舗に無い蓋然性の方が高いのです。したがってサーチ・コストが高くなりすぎるため、どこの書店にももう客は行きません。他方、雑誌目当ての常連客は、携帯カメラで必要な頁だけ盗撮する「デジタル万引」に走るでしょう。

 ちなみにこの対策としては、目次以外を「袋とじ」にしてしまう方法が考えられるでしょう。「ペーパー・ナイフ製造業」の株は「買い」……かも。(ほとんどは輸入でしょうけど。)

 となると、ホーム・ユースのプリンターを高性能化するのが正しいのだろうと思います。
 まず、買いたい本はインターネットで注文する。すると、カネと引き換えにデータが送られてくる。それをプリンターに出力すると、ちゃんとした「冊子」になって出てくるのです。
 「製本機」の機能付きのプリンターが全家庭に普及するでしょう。
 ファクシミリも、冊子をそのまま「電送」できるようになるでしょう。
 もちろんコピー機も、「冊子複製」がその場で可能になる。

 さて、ご承知のように、卵の値段は戦後ほとんど値上がりしていません。しかし、それは「輸入」のおかげだと言われています。
 これは、卵を生むめんどりが米国産なのであります。そのめんどりは国内では再生産ができない。「新品」を米国から調達し続けるしかないのであります。

 野生がふざけた話だと思いますのは、自動車メーカーが中国進出しているはずなのに、自動車は依然として「高い」ことであります。

 野生がハイティーンだったころ、つまり1980年代後半ですが、スズキの軽4×4の「ジムニー」(まだ360ccだった?)は、確か47万円くらいで売られていました。

 しかし今では軽自動車も100万円以上するでしょう。なんでこれが40万とか30万にならないのか。中国で安い車をつくらずに、日本のメーカーはどうしようというのか。

 たとえば「バギー・カー」のようなスケルトンな構造にして、原付と同じ30km/hしか出せない、そういう都市用の「買い物車」が20万円で中国から逆輸入できる筈だ。
高齢化時代には、そんな車が求められている筈でしょう。

 ボロな車を安く大量に輸入するという構造があって、はじめて日本の「車検」業界もその存在が正当化されるのではありますまいか。

 これについて先生は如何お考えでしょうか?

 また、関東と関西の都市部の消費者は、自家用車がボロボロになる前に新車に買い換えるという長年の習慣を、大不況の今も維持しているのでしょうか? 北海道では、かなりなボロ車も街で見かけるのですが……。

 あと、日本の企業が中国に進出し、中国政府に税金を払っているのは、このままでは中国軍をとてつもなく強化することにならないでしょうか。

03/8/16・・・#31

兵頭さま

 小銃弾の威力に過擦・着達音効果があるという解説は、非常に説得力があります。現場の意見を重視するか、無視するかが小火器デザイナーの苦心するところだと思います。その場合でも、どこかの国の最新技術を取り入れるか、組み合わせるか、独創で乗り越えるかの選択をせねばなりません。

 アメリカ陸軍は第一次大戦で、ヘルメット・小銃・戦闘服・タンク・飛行機まで装備は全て英仏から購入し、武器の欠乏に悩むフランス人が「いい加減にしろ」と言った記録が残っています。貪欲にマネする、貪欲に買ってしまえ、もアイデアなのかもしれません。

 日本政府の疎開について首相官邸の地下を核兵器から守るため、水に浮かせるような地下室をつくったという話は聞きました。ただ同様の施設は宮内庁と日銀にはすでにあるという話です。地震よけもあるのでしょう。

 一旦の核攻撃からサバイブすることに成功したあと、ヘリ空母に移りそこで指揮をとるという考え方は合理的です。また現在、核ミサイルの照準を東京にあわせている国は中国だけとみられます。その中国はいまだ語るべき海軍力がありませんから、洋上は安全な選択です。

 それ以外の選択は、長野などの山中に移す、外国に移動するが考えられます。陸軍は本土決戦にそなえ、松代に地下大本営をつくったのは有名ですが、歴史上、山中に移したケースは、カンボジアのポルポト・中国の蒋介石・パラグァイのロペツなどに限られます。

 なぜかと言えば、ローカル政権に転落することを自認しなければならず、また徴税・徴兵能力が限定され、ジリ貧となるためです。

 洋上移動の目的は、敵が国土に侵入してくる前、徹底抗戦するための武力をつくり、集中することにありますから、本土からあまり離れてはならず、かといって第二次核ミサイル攻撃から安全でなければなりません。

 ただ、もし中国がこのような挙に出れば、石原莞爾のいう絶滅戦争が予想されます。中国は台湾に武力侵攻するさい、その反攻または兵站基地となる日本を事前にたたくという発想から、ある意味で軽い気持ちからやるのでしょうが、日米台による全面的な反攻は必至です。場合によれば、ハイラルからロシア軍も北京を目指すかもしれません。

 つまり、中国の第二次ミサイル攻撃がある前後には、中国沿海部は砂漠となるでしょう。3億人以上の死者が予想されます。それでも中国の継戦意欲は衰えず、米・台湾軍の中国本土への上陸・反攻作戦も実行にうつされることでしょう。

 このような形勢では、日本本土は補給能力の維持・復興・微弱な第二次ミサイルの迎撃、海上空中での限定的な作戦、および北朝鮮の策応攻撃への対処が問題となるでしょう。

 つまり、第二次ミサイル攻撃を行う能力(中距離ミサイルランチャーの存在)が撃滅されたと判断されたならば、本土に戻ることは可能です。首脳陣の洋上退避は例があまりありませんが、一時的な状態と仮説すれば合理的な判断ではないでしょうか。

 ただ、ヘリ空母をそのような防衛的な性格のみに絞ることは果たして得策でしょうか。やはり、攻勢も念頭においた防衛能力をもたないと平和の維持、すなわち中国の押さえにはならないと思います。

 すると、より万能の本格的空母を2隻もつ方がわかりやすいと思います。多国籍軍に参加しての、局地における平和維持活動にも有効です。疑問なのは蒸気カタパルトの製造・運営能力を米軍が独占しているということですが、日本でも総力をあげれば、音感からいけばどうにかなるのでは。

 また、PANAMAXはどうでもよいと思われますので、米軍のもつものよりも、排水量トンで2倍程度のものをつくり、陸兵一個師団程度、強襲上陸可能な能力もあわせもたせたら、どうでしょうか。年間3000億円で4年もかければ、空母本体はできるでしょう。

 もちろん、1空母機動部隊を運用するには1万人からの要員が必要になりますが、北海道の機甲師団を廃止すればよいのでは。タンクは現代戦に向かないでしょう。ただ地場産業維持のために、母港を新たに北海道につくるのも一案かと。三沢と同じノリですが、根室では、択捉・ヒトカップ湾を連想してアメリカが怒るかもしれず、函館ではロシアが脅威と感じるかもしれないので、不況の室蘭あたりが適切かと。

 広島は小うるさいので、海自は呉から全部撤退し室蘭=富良野=旭川の旧第七師団の線をを本拠地にして要塞化し、スエズ以東パナマ運河までを睨むようにしたらどうでしょうか。また陸軍一個と言いましたが、これは即応部隊ですから昔風に言えば陸戦隊です。補充も考慮に入れれば、2万人を軽く越えます。

 呉の石川島播磨も全部移動です。青函トンネルも初めて有意義となります。

 ただ、陸兵を新規に募集することは困難であり、外人部隊、グルカ兵あたりを採用したらどうでしょうか。すると、訓練場や宿舎を新たに作るスペースがあるのは北海道でしょう。アメリカを排除して、イギリスと共同で、フセイン政権打倒程度の軍事力をもたねば、世界に対する責任も果たすことになりません。

 人口が減少傾向にあり、その点から成長経済が難しくなってくるのも事実です。アメリカやイギリスのようにというのであれば、それだけGNPに占める、軍事活動の割合も増やさねばなりません。

 ある人が「イギリスはここ120年間不況の連続だ。13年間不況が続いたところで、人々は楽しく暮らせる」と書いていました。現在の日本の情況は仕方のないことかもしれません。

 不況ついでで、質問です。手許にある古本を見ると1955年の緒方竹虎の「一軍人の生涯」が250円、1975年、鈴木明さんの「南京事件のマボロシ」が880円、2003年、兵頭師と共著の「戦争の正しい始め方、終わり方」が1600円です。厚さはどれも似たようなものです。

 ちなみに1955年の国家予算が9996億円、昨年の国家予算が63兆円、すなわち63倍となりました。人口は34%増えています。本の値段が6倍強というのは、仕方がないことでしょうか?