交戦国犠牲者は次の表のとおりだが、民間人犠牲者については領土内の意味であり、すべて推定である。
(単位:千人ただし総人口は百万人)
動員数には植民地からの動員を含むが、総人口に植民地は含まない。 必ず総人口を参考にして欲しい。日本は人口の点だけですでに交戦国のなかで大きな地位を占めることがすぐにわかる。 植民地で1000万人以上人口をもつ地域は、インド(315)エジプト(13)以上英領、西アフリカ(12)インドシナ(15)以上仏領、ベルギー領コンゴ(15)日本領朝鮮(17)である。 トルコは属領としてシリア・アラビア・メソポタミアがあるが全てあわせて総人口7百万人程度 戦死・戦傷者は概ね各国発表の数字で、4捨5入した。ただし戦傷者は負傷認定により除隊となったケースを単純に足したものが多い。このため同一人でも2回以上戦傷者になりうる。 その他の数字は民間人死者を除き米国防総省統計局推定に依拠。 民間人死者はエレベッタ、スーザンの第1次大戦(NY,1965)他によった。ただしロシアの民間人死亡の大半はロシア革命以降1925年までによるもので、赤軍・白軍の戦闘によるもの、白軍とボルシェビキのテロルによるもの、交通途絶による餓死者で、人口統計からの逆算。 トルコの民間人死者の大半はトルコ軍によるアルメニア人大量虐殺110万人の結果である。 オーストリア・ブルガリア・ルーマニアの民間人犠牲の大半は休戦日以降に発生した。 民間人死者の大半はロシアを含む東ヨーロッパで休戦後の治安の悪化と革命によるテロル・内戦により生じた。空襲によるものはドイツ3400人イギリス1100人が大きいところ(フランスは公表せず。)でまだ実験段階だったことが覗える。封鎖作戦等による餓死者は判定がむずかしくまたスペイン風邪の流行と重なったため人口動態推計による推定も困難である。戦争による死者よりも革命擾乱による民間人死者の方が多いのは皮肉である。またドイツ革命による死者は直接には38000人程度とされており比較的少ない。 ドイツの民間人死者は15万人としたが、ワイマール共和国政府の発表によると封鎖による餓死者だけで77万人という。ただ連合国の封鎖解除をベルサイユ条約発効後に行うという方針に反発したときのもので根拠に乏しい。栄養失調に伴う病死を考慮しても10万人以下だろうと言われる。 ドイツの人口ピラミッド(1929)このページTOPに戻る に戻る
ドイツの人口ピラミッド(1929)