ニミッツ
前回まで共産政権による、農地改革が必ずしも社会の発展に役立ったわけではないという事実はわかったのですが、清時代のの中国の農村では何が起きたのでしょうか。
別宮
結論だけ言えば、清時代の可耕地の拡大というのは、いつか限界につきあたります。すなわち人口爆発のあとには人口をそれ以上養えなくなることになり、社会的に大きな変化が発生します。
いずれにせよ、この清中期の人口爆発が現代中国社会の骨格を形づくったと考えてよいでしょう。
ニミッツ
それで太平天国の乱が起きたのですね。
別宮
その通りです。この内乱によって約2000万人の死者がでました。これは現在まで一つの内乱で発生した死者数の最高記録です。この内乱は広西省から発生した。すなわち、新開地における反乱です。
2000万人の死者は、人口四億人の国から小さいと説く人々もいます。例えばケ小平は1989年の天安門事件のさい「中国では100万人が死んでも、大きな暴乱とはいえない」と語りました。おそらくケ小平にとり太平天国の乱は大きな暴乱ではなかったのかもしれません。
だがもし、人口1億2000万人の現在の日本で670万人と、比率において太平天国と同じ死者がでたら、一体どうなるのでしょうか?
ニミッツ
この内乱は農民同士が殺しあったものですが、地主層は初めから狙われたのでしょうか?
別宮
その通りで、初めから、地主(郷紳)が狙い打ちされていました。すなわち、乱を鎮定した、曾国藩の湘勇は郷紳のもっていた武装勢力が組織されたものであり、中国農村のもつ、武装力をもつ地主、対する貧農勢力という対立の構造がすでに現れていました。
農村のこういった対立は実は、工場主、対する現業労働者という対立と同様に本質的なものではありません。中国以外では郷紳、地主勢力はしばしば貧農と協調して、都市勢力と対抗しました。また近世の地主は普通武装していません。貧農と対立した場合、一般の民事訴訟で争われることになります。
そして、地主が不当な小作料を要求すれば、小作人は都市に就職口を求めればよいので、地主は都市における労賃を参考にして小作料を決定せざるをえません。そして、こういった対立の打開は、労働生産性または耕地生産性を上昇させ、全体のパイを膨らませることによるのが解決の捷径です。
ところが、中国的対立は常に全体のパイが変わらない、すなわち「ゼロサムゲーム」だとして争われました。太平天国の乱は、「リカードの罠」が広大な中国においても発生したことの証明で、その解決が暴力でしか決定されない歴史の第一歩となりました。太平天国の乱における2000万人の死者の量はおいて、この乱では農村を構成する小作人相互が争い、また郷紳も巻き込まれました。郷紳とは都市外に住む知識人階級です。この層は生産性の低い農業の時代では、必ずどこの国でも生じます。イギリスのジェントリーや日本の武士、フランスの騎士などがそれに相当し、人口の五%程度を占めるのが普通です。
そして、郷紳と小作人または貧農が争うことは普通、中緯度の国ではあまり発生しません。農業が都市に住む役人や農村に所在する治安組織の人員を数多く、養うことができ、それらの役人・警察官などが、仲裁に入ることが出来るからです。
ところが、中国ではわずかに生産性が低く、公権力が農村に入りませんでした。結果として、郷紳みずから武装し、また行政権を行使することになりました。すると、小作人や貧農は、郷紳の機能にたいし疑問をもち、組織者が宗教などにより扇動された場合、規模が拡大し大きな地域での暴乱に発展することになります。
ニミッツ
逃げた郷紳はどうしたのでしょうか
別宮
江南の郷紳の多くは,太平天国の乱により、全財産を失い、外国、湖南、港湾都市に移り住みました。上海の人口が30万入を越えたのはこの頃です。西欧や日本において、郷紳に相当する層が産業資本家に転換していったことを考えれば、江南の郷紳の喪失は中国の近代化にとり大きな損失でした。財産をもって都市に移動できれば事態は相当に変わったと思われます。中国の海岸線は、北は遠浅で浅水港しかありませんが、南には自然港があります。
近代化が外国との接触によって開始されるのは当然のことで、これを恥じることはありません。江南とりわけ海岸をもつ両広、福建、江蘇、一帯が乱に巻き込まれ、郷紳が滅亡したことは中国沿岸都市の発展を遅らせました。また、この時、逃れた人々が辛亥革命を指導し、思想的なリーダーになりました。
現中国政府は太平天国の乱を、中国農民革命の第一歩として、格別に評価します。そして同時に発生した阿片戦争を知った民衆の米英にたいする反撃であるとします。こういった見方からは、なぜ、中緯度の国にありながら、中国が近代化できなかったかという疑問に答えることができません。そして自らの失敗を他人や他国のせいとし、暴力に訴えることも許されるとする、中国人の個癖がここから始まりました。